Still Got the Blues (Gary Moore)

ゲイリー・ムーアは、日本で「人間国宝」1)とまで賞賛され愛されたギタリストだ。弦を引きちぎらんばかりのハードピッキングから繰り出される速弾きと、ゆったりと悲しく響く「泣き」のフレーズの組み合わせは世界中のギター少年を夢中にさせた2)。初期のフュージョン寄りのテクニカルな音楽からThin Lizzyを経てハードロックの王道を歩んでいた彼が、自らのルーツと語るブルーズのアルバムを出したのが1990年。「Still Got the Blues」はアルバム・タイトルにもなっている代表曲である。

このアルバムが発売された頃、ニューヨークに駐在していた僕は Beacon Theatreでのライブを見に行った。二階のバルコニーの最前列。秋の落ち葉のようなレモン・イエローに退色したレスポールの音色は官能的なまでに美しかった。ハードロックよりも抑えられた音量3)とシンプルなバックのおかげで、彼のギターがより際立ち心を鷲掴みにされる。たしかアンコール前の最後の曲として「Still Got the Blues」がプレイされた時、気づいたら涙ぐんでた4)。コンサートで泣いたなんて後にも先にもこのときだけだ。

BBキングやエリック・クラプトンの例をひくまでもなく、ブルーズギタリストの多くは自ら歌う。声とギターが境目なく繋がって行ったり来たりする。よくメロディアスなギタリストを評して「ギターが歌う」などと表現するが、ブルーズの達人たちにとってギターは歌の一部であり、歌はギターの一部なのだ。ゲイリー・ムーアもまさにギターとボーカルが一体となって魂が響くような音楽を聞かせてくれる。

1 © 伊藤政則 実にしっくりくる形容だと思う。
2 彼のアイルランド・ルーツとアジアの演歌的な泣きの音階との相性がよいためか、アジアのギターキッズからの絶大な支持があったように思う。ソウル、バンコク、バリのライブハウスでゲイリー・ムーアのコピーバンドが演奏しているのを見たことがある。
3 それでもBBキングから「音がでかすぎる」とからかわれていた。
4 後半のソロ(アウトロ)の真ん中くらいでフロントピックアップからリアピックアップに切り替えるところがあって、そこで涙腺が決壊した。優しく歌うような前半から、叫ぶようなエッジの効いた音に切り替わるところ。