小籠包の名店、台湾の鼎泰豊(ディンタイフォン)にはじめて行ったのは、たぶん95年ごろだったと思う。台北の知人が、信義路にある本店に連れて行ってくれた。お昼時をだいぶ過ぎていたが、お店の外に順番待ちの長い列ができていた。
そこで初めて本格的な小籠包というのを食べたのだが、もうもうと湯気のあがるセイロから次々と出てくる、蒸したて熱々、肉汁たっぷりの小籠包ってこんなに美味しいのかとびっくりした。蒸し物以外もみなじつに美味しくて、食べてる最中からすでに、あぁまたすぐに来たいと思っていたくらいだ。
翌年、新宿のタカシマヤに、海外出店一号店ができた。期待に胸をふくらませて早速行ってみたのだが、本店ほどの感動はなくがっかりした。きっと、僕のアタマの中で、本店の記憶が美化され、勝手に期待値が膨らみすぎていたのだと思う。記憶の中の小籠包は、セイロのフタを開けた瞬間、眩しいほどに白く燦然と輝いていたような気すらしていたから。もうひとつには、当時はまだお店の海外出店ノウハウがこなれておらず、手探りだったのかもしれない。
勝手にがっかりした後は、しばらく台湾に行く機会もなく、そのうちに東京でもあちらこちらで美味しい小籠包が食べられるようになったこともあって、鼎泰豊はすっかり意識の外に押し出されてしまった。ところが、4、5年前に突然カムバックを果たす1)。出張先のあちらこちらで、鼎泰豊の文字と小籠包のかたちのマスコットを見かけるようになったのだ。海外出張のひとりメシのとき、中華というのは大変に重宝する。アメリカではよくパンダエクスプレスにお世話になったが、アジアの大都市のあちらこちらに鼎泰豊の支店ができていたのだ。ジャカルタ、バンコク、シンガポール、ソウル、メルボルン、シドニー2)。あまり時間がなく、ひとりで手軽に済ませたい。でもそこそこ美味しいものが食べたいなぁ、というときにピッタリである。そしてパンダエクスプレスより断然美味しい。
そうこうしているうち、台北の本店も再訪する機会があった。以前訪問したときよりもお店が綺麗になっていて3)、やはり、海外のどの支店よりも断然美味しかった。初訪問のときの記憶はあながち間違いでもなかったのであった。