台北のカフェ

東京にいると、美味しい珈琲とリラックスした時間を提供するカフェを見つけるのはさほど難しくない。珈琲・カフェ文化は近年ますます盛んになり、何十年と続く老舗から若い世代が開いたお店まで、困ってしまうほど選択肢は沢山ある。カフェ文化は東京だけでなく世界のいろいろな都市で、それぞれローカルな特色を形作りながら脈々と息づいており1)、それが世界の都市を旅する大きな楽しみのひとつにもなる。

台北ももちろん例外でなく、街を歩けばあちこちに素敵な佇まいのカフェを目にする。多くはハンドドリップで丁寧に入れた珈琲とお店で焼いたちょっとしたスイーツ類や軽食を提供している。焙煎機を備え自分で豆をローストするお店も珍しくない。

先日台北を訪れたときに、散歩中の暑さしのぎも兼ねて目についた良さそうなカフェにいくつか入ってみた。どのお店も深煎りから浅いものまでいくつかの豆のセレクションがあり、ハンドドリップで入れてくれた珈琲や、水出しのアイスコーヒーは外れなく美味しかった。むふふ、吾輩のカフェを見極める目も肥えてきたものだ、とひとりごちたものだが、どうやら台北のカフェは平均的にレベルが高く、どこに入ってもそれなりに美味しいのであって、当方の鑑定眼はあまり関係がなかったようである。

台北のカフェの面白い特徴のひとつは、一人分の珈琲であっても、小さなポットとデミタスサイズの小さなカップを一緒に出してくれることである。これはまさに、茶藝館で中国茶を楽しむ時と同じだ。珈琲は、お茶のように急須で何煎かするうち香りや味が変わってくるわけではないけれど、落ち着いてゆっくり楽しむ、というときには、このほうが気分的に座りがいいのだろう。喫茶店と聞くと、当たり前のように珈琲を飲むところ、と思っているが、そもそも茶を喫すると書くわけで、茶の作法が影響しても何らおかしなことはない。

青田茶館

もう20年以上前だと思うが、台北を訪ねた時に、知り合いが「茶藝館」に連れて行ってくれた。日本で言えば古民家や由緒ある豊かな家といった風情の場所で、小さな茶器で淹れた台湾のお茶を、お茶請けの甘い小さなお菓子とともに、時間をかけて楽しむ。街の喧騒から離れ、静かでのんびりとした時間が流れ、中庭や棚に飾られた茶器や書を眺めながらほっとするひとときを過ごす。あれはなかなかいいものだったなぁ、と東京に戻ってからも何度か思い返したりしていた。

20年を経た今でも茶藝館は健在で、台北市内にも、新しいもの、古くからあるもの含めいくつもの茶藝館が開いている。そのうちのひとつ、青田街にある「青田茶館」を訪ねてみた。「青田茶館」は、日本統治時代(1920年代?)に建てられた古い日本式家屋を再生して、茶藝館として運営されている。隣接して「敦煌畫廊」というギャラリーがある。中庭のマンゴーの老木を眺めながら、ほのかに蜜のような香りがするというお茶を飲む。奥のテーブルに男性ばかり5、6人のグループ、隣のテーブルに日本人らしき女性二人連れが同じように茶を楽しんでいるが、広々としてテーブルの間隔も大きくとられているので、話し声もまったく気にならない。子供の頃、夏休みに田舎の祖父母のところに遊びに行き、心地よい風が通る古い家の縁側に腰を掛けて、冷たい麦茶を飲みながら、夏の日差しにそよぐ庭の古い木々を眺めている、そんな心地がする。いやいや、僕にはそんな祖父母はいないし、田舎の家もないのだが、どこかで見たような、古き良き夏の思い出みたいなものを、なぜか自然に思い浮かべるほどしっくりと心に馴染む空間だった。

青田茶館に立ち寄ったときには知らなかったのだが、青田街は、日本統治時代には「昭和町」と呼ばれ、南側に台北帝国大学(現在の国立台湾大学)、西側には台北高校(現在の国立台湾師範大学)があった場所で、台北帝大に招聘された日本人学生や教授などの住居として日本式の家屋が多く建てられ、それが今も残っているとのこと。風景がどこか懐かしく心に馴染むのも道理で、それで「おばあちゃんちの夏休み」みたいな景色を思い浮かべてしまったわけだ。