腸科学

「腸科学 健康な人生を支える細菌の育て方」
ジャスティン ソネンバーグ、エリカ ソネンバーグ (著) 鍛原 多惠子(訳)
早川書房刊(ハヤカワ文庫)

以前読んだ「あなたの体は9割が細菌」に続く、腸内細菌に関する本。

「人間は細菌の詰まった一本の管」であり、その腸内には1,200種、100兆を超える細菌が住んでいる。その微生物相を「マイクロバイオータ」、そこに含まれる200万個を超える遺伝子を「マイクロバイオーム」と呼ぶ。ヒトDNAはマイクロバイオームの100分の1程度であり、ヒトは、自前のDNAにコードされていないタスクの多くを、細菌と「共生」することによってアウトソースしている。これによって、環境や必要性の変化により早く対応できるようになる。たとえば、食物繊維を消化するためのコードはほぼマイクロバイオームにアウトソースされている。長い進化の歴史を経て、この細菌との「共生」の仕組みは、ヒトの成長・生存のプログラムに深く組み込まれている。母乳に含まれるヒトミルクオリゴ糖は、赤ん坊本人のゲノムには消化する能力がコードされていないが、腸内の細菌を育てるための栄養になるというのは、興味深い一例だ。

マイクロバイオータは、ヒトの免疫系の一部として重要な役割を果たしており、脳神経系とも活発な連絡がある。現代の食生活の急激な変化、とりわけ食物繊維を摂取する量が減少していることによって、マイクロバイオータの「食べもの」が不足し、健康上の様々な不具合を引き起こしている。過敏性大腸炎といった消化器系の疾患のみならず、多くの自己免疫疾患、肥満、自閉症スペクトラム障害、うつといった「現代病」の多くが、マイクロバイオータを構成する細菌の多様性が失われたり、偏ったりすることによって引き起こされている可能性があるのだ。

食生活の変化だけでなく、抗生物質の使用もマイクロバイオータにダメージをもたらす。抗生物質によって致死的な細菌感染から多くの人が救われたが、同時に、マイクロバイオータにとっては、時には回復不能なまでの「無差別殺戮」といってよいダメージをもたらす可能性がある。耐性菌の問題だけでなく、腸内細菌の保全のためにもその使用は慎重にすべきなのだ。

ヒトが発酵食品と食物繊維を十分に摂ることは、腸内細菌の多様性を確保し、健康を維持するために重要だ。発酵食品によって有用菌1)(プロバイオティクス)が絶えず腸内環境に供給され、食物繊維は常在菌の食べ物になる。伝統的な日本食(納豆、味噌、醤油、かつお節、ひじき、昆布、切り干し大根、ごぼう、その他)がいかに、腸内環境およびマイクロバイオータにとって良いかがわかる。日本が世界一の長寿国であるのもこの食習慣に依るところが大きいのだろう。

1 腸内に留まらず一定時間後には排出されるが、常在菌や免疫系に対して有用な刺激となる細菌のこと。