発酵の科学

日本の伝統 発酵の科学 微生物が生み出す「旨さ」の秘密
中島春紫 著 (講談社・ブルーバックス)

和食の基本調味料「さしすせそ」5つのうち、過半数の3つ、すなわち、す(酢)、せ(醤油)、そ(味噌)が発酵を利用して作られる。さらに漬物、納豆、鰹節、酒、みりんなど、和食を特徴づける素材・食べ物の多くが発酵食品である。本書は「発酵」とは何か、そしてこれらの発酵食品がどのような過程で作られているのかを科学的に、かつ簡潔に解説している。

本書が挙げる発酵食品の意義は、1. 食品のpHを低下させて、雑菌の繁殖を抑え食品の保存性をよくすること、2. 微生物がタンパク質を分解して生成するアミノ酸の混合物によって、食品の旨味を引き出すこと、3. 微生物の作用により、難分解性のタンパク質を分解して消化吸収をよくし、栄養価を向上させること、である。この過程には、乳酸菌を始めとする多くの菌が関わるが、最近読んでいる「腸内細菌」の書籍1)と合わせると、より大きな絵の中で理解することができる。たとえば、「腸内細菌」が、ヒトが直接には分解できない食物繊維や難分解性のタンパク質を腸内で分解しているとすれば、この細菌の機能を、食べる前に食品加工のプロセスに組み込んだのが、発酵食品と言うこともできそうだ。

発酵食品の製造にコウジカビの一種である黄麴菌(アスペルギルス・オリゼーAspergillusoryzae)を用いるのは日本だけである。東アジアや東南アジアではコウジカビではなく、クモノスカビが発酵食品の製造に使われている 。(第三章 発酵をになう微生物たち)

細菌や発酵をテーマにした人気マンガ「もやしもん」の主人公・直保(なおやす)にいつもくっついているのがこの「A.オリゼー」という菌である。この菌は麹屋を営む直保の実家から彼にくっついてきて、しじゅうやいのやいのと話しかける。本書はこの麹菌の性質についても詳しく解説されているので、「もやしもん」のファンはぜひ読んでみるといいと思う。

あなたの体は9割が細菌

私たちは微生物に宣戦布告した日に、そうとは知らず、微生物と数千世代にわたって結んできた共進化と共同生活の約束を一方的に破棄してしまった – あなたの体は9割が細菌 微生物の生態系が崩れはじめた アランナ・コリン著 矢野真千子 訳 (河出書房新社)

書籍カバー

ヒトの遺伝子の数は21,000個。イネの半分、ミジンコより少ない。ではなぜこれだけ複雑で高度なからだを維持し動かせるのか。それは、数多くの重要な機能を、体内に共生する100兆個もの細菌に「アウトソース」しているからだ。アウトソースすることにより、自身が突然変異によってその機能を獲得するのを待つよりも遥かに早く「実装」できる。

体内に共生する微生物共同体(マイクロバイオーム)の重要性が注目されるようになったのはごく最近のことらしい。例えば、虫垂(盲腸)は、長いこと、ヒトの進化の過程で不要になったでっぱりだと思われていたが、微生物の隠れ家であり、免疫系の育成を担っているらしい。(え?11歳のときに取っちゃったんだけど…1)。)

アトピー性皮膚炎、喘息、食物アレルギーから鬱、自閉症に至るまで、現代病と言われるものの多くがマイクロバイオームのダメージと密接に関わっていることがわかってきた。1940年代を境に、抗生物質によって、天然痘、ポリオ、結核といった致命的な病気が治療できるようになり、平均寿命が急速に伸びた一方で、抗生物質の濫用2)によって体内の微生物共同体もまた大きく傷つき新たな病気を生み出していたのは皮肉なことだ。

本書は、現代の先進国で「健康」でいるために、マイクロバイオームも含めたトータルな「からだ」のバランスを維持することの重要性について認識を新たにさせてくれる。

1 虫垂炎自体も現代病らしい。
2 耐性菌の出現によって、抗生物質の濫用については問題意識が高まりつつあるが、人間だけでなく家畜にも大量に投与されており、人間の医療現場の問題に限定されるわけではない。