庭と魚と加賀野菜:金沢旅行記(2. 近江町市場)

近江町市場は金沢市民の台所と言われ1)、海産物や野菜などを扱う店や飲食店がたくさん軒を並べる。始まりは1700年ごろとされ、かれこれ300年もの歴史があるという。ここに行かない観光客はいないのではないか。能登、北陸は海産物の宝庫。とくに冬場は、ブリ、カニ、鱈、のどぐろ2)など美味しそうな海産物がどどんと並んでいる。最近ではアジアからの観光客がぐっと増えたこともあって、店頭でエビ、カニ、ウニなんかを買ってその場で食べることができるお店も増えた(だって、飛行機で持って帰れないからね)。

「ふぐの子糠漬け」と「巻鰤」は他では見ない石川県ならではの珍味である。ふぐの卵巣は猛毒テトロドトキシンを含むため、ふぐの調理は特別な技能を必要とする免許制3)なのはご存知の通り。ところが、この卵巣を2年ほど塩と糠で漬けて発酵させるとこの猛毒が消え、独特の旨味が生まれるらしい。毒の消えるメカニズムはまだ未解明の点が多いため、石川県で伝統の製法でつくることのみを許可されているという、正真正銘、ここにしかない珍味である。江戸時代にはすでにこの製法が編み出されていたという説もあり、きっと多くの人が危ない橋を渡りつつ完成されてきたのであろうと考えると、人間の食欲と好奇心まさに恐るべし、といったところだ。巻鰤は冬に脂の乗ったブリを塩漬けにし荒縄で巻いて保存食としたのが始まり。藁巻納豆の親分のような姿カタチで売られているが、縄を解いてみると中から意外にこじんまりとした塩漬け魚肉が現れる。ふぐの子も巻鰤も、どちらも塩が相当強いので、酒の肴にほんとにチビチビと削るくらいで丁度よく、たくさん買って帰っても持て余すことになると思う。

こうした歴史ある珍味に代わって、近年金沢海鮮のフロントランナーに飛び出してきたのが「のどぐろ」だ。のどぐろはアカムツの別名。日本海側ではのどぐろ、太平洋側ではアカムツの名で流通している。これが実に美味しい魚で、良質の脂がたっぷりとのっている。刺し身でよし、焼いてよし、干してよしの高級魚である。もともと美味しい魚として知られていたところ、2014年に全米オープンテニスで準優勝した錦織圭(島根県松江市出身)がインタビューで「帰国したら食べたい」と話して人気に火が着いたと言われる。そこに北陸新幹線の開業が重なり、金沢にやってくる観光客は、誰も彼ものどぐろのどぐろと唱えながら市場と鮨屋をぐるぐると回遊するようになった。

近江町市場で旨い鮨を食べるなら十間町口近くにある「歴々」がよい。お昼は3,000円のコースからなので、他店より少し高いけれど、きちんとプロの仕事の施された品の良い鮨が食べられる。もう少しカジュアルに海鮮丼を食べるなら、歴々の斜向いにある「魚旨」だろうか。1,500円くらいからあるけれど、メニューを見ているうちに欲が出てもう少し上の丼を選んでしまうだろうから、費用としては「歴々」と大差ない結果になるような気がする。ここは、海鮮の味もさることながら、接客にあたる女性陣の気配りと温かな対応が見事だ。食事の後は、隣りにある「金澤屋珈琲店」で深煎りのブレンドを一服。

金沢旅行記3 に続く)

1 僕の目には市場にいる客のほとんどは観光客にように見受けられるので、実際のところ地元の人がどのくらい買い物に利用しているのかは、よくわからない。
2 のどぐろの「旬」がいつかについては諸説ある。
3 厚生労働省によると毎年20から30件程度の食中毒が報告されているが、そのほとんどは家庭で無許可の素人が調理したことが原因。