川奈ホテル

川奈といえばゴルフをする人には名門コースとしてお馴染みだろう。海沿いに富士コースと大島コースの二つがあり、富士コースはフジサンケイレディスクラシックが開催されるので名高い。でも、川奈ホテルは、ゴルフをしない人にとっても十分楽しめるよいホテルである。

このホテルは別エントリに書いた赤倉観光ホテルと同じく、大倉喜七郎が建てたホテルのひとつで、1936年に開業。やはり喜七郎の美学が色濃く残された格式あるクラシックホテルである。建築士も同じく高橋貞太郎1)。くすんだ赤い色の屋根に白い壁、リゾートでありながら、浮ついたところのない落ち着いた雰囲気が赤倉2)と共通している。ロビーやライブラリといった内部の佇まいも、両ホテルともに共通した静謐さと美しさを湛えている。2002年の経営破綻後は大倉直系を離れ、プリンスホテル傘下で運営されている。

2018年3月に海側の客室47室がリニューアルされた。今回は2日ほどぽっかりと空きができたのでふと思い立って、そのうちのひとつ、スーペリアツインに宿泊してみた。部屋は四階で、窓から外を見ると、ゴルフコースの木々の向こうに相模灘がいっぱいに広がり、大島がすぐ近くに見えて、東京湾を出入りする大型船が遠くに浮かんでいる。気分がゆったりと解きほぐされるような眺望だ。そういえば、前回は禁煙専用の部屋がなく、部屋の清掃消臭で対応していたとはいえ、やはりどことなくタバコ臭いと感じることがあったが、このリニューアルから禁煙室が設定されて、非喫煙者が安心して泊まれるようになった。

温泉施設(大浴場)のブリサ・マリナもよい。浴室は広くて清潔。室内、露天ともに大きな浴槽が備えられていて、ドライサウナ、水風呂もある。男性用が二階、女性用が三階で、日の出から夜中まで入ることができる3)

プールは屋外で夏季のみだが、手入れの行き届いた芝の庭に囲まれて、大中小と深さの異なる3つのプールがある。このホテルは、公営水道ではなく、赤城山からの水を引いて自家浄水して使っているそうで、普通のプールに比べて水がさらりとしていて透明度が高い(ような気がする)。何より平日であれば、それほど混まないので、時折水に入って体を冷やしつつ、プールサイドで本を読んでのんびりできる。

電車でのアクセスがよくないのは赤倉と同じ。これは高級リゾートとして、あえてそのように作られている。東京圏からクルマで行くと、小田原、熱海、伊東を抜ける135号線を使うことになるけれど、週末は渋滞することが多いのでそれを上手に避けたいところ。伊東の先から川奈までは道が急に細くなり、対向車とすれ違うのもやっとというところが何箇所かあるのでご注意。

ところで、このホテルは「日本クラシックホテルの会」に加盟する9つのホテルのひとつで、9つのうち4つに泊まるとペアの食事券、9つ全部に泊まるとペアの宿泊券がもらえる「クラシックホテルパスポート」というプログラムをやっている。この中の6つには行ったことがあるけれど、行ってみて損のない名門ホテルばかり。コンプリートするにはあと3つ。でもこれが東京から行くにはちょっと難度が高いロケーションにある。パスポート期限の3年以内になんとか訪れてみたいものだ。

1 僕が心惹かれる建物はこの人が設計しているものが多い。前田侯爵邸や学士会館などもこの人の作品。
2 赤倉観光ホテルのオリジナルの建物は1965年に焼失しており、現在のものはオリジナルを模して再建されたもの。
3 かけ流しなどではなく、泉質的には特筆すべきものはない。途中、午前11時から午後1時までの2時間はクローズ。

赤倉観光ホテル

由緒、歴史のあるホテルというのは魅力的なもので、開業当時の時代や世相を今に伝え、また、創業者の哲学や考え方といったものが色濃く残されていることが多い。軽井沢の万平ホテル、日光金屋ホテル、箱根の富士屋ホテルなどが典型だ。赤倉観光ホテルもそんなホテルのひとつで、創建したのは、帝国ホテル、ホテルオークラ、川奈ホテルなどを作った大倉喜七郎である1)

大倉喜七郎が建てたホテルは、そのほとんどに彼のダンディズムが色濃く受け継がれているように見える。大倉財閥二代目として、何一つ不自由なく育ち、英国で教育を受けた彼の、コンプレックスと無縁の品の良さ、美意識、スケール感が今も生きている。

赤倉観光ホテルは1937年創業。新潟県と長野県の境にある妙高山の中腹にあり、高原リゾートの草分け的存在とされている。本館のロビーやライブラリも歴史を感じる素晴らしいつくりなのだが、泊まるには2009年に建てられたSPA&SUITE棟がおすすめだ2)。部屋のテラスに源泉かけ流しの温泉が備え付けられていて、野尻湖を望む絶景を眺めながら24時間温泉に浸かることができる。夜は満天の星空。ここに行くと、バーにちょこっとウイスキーを飲みに行く以外にはほとんど部屋を出ることもなく、買ってきたつまみや弁当を食べ、風呂に浸かり、ベッドで大の字になって本を読み、うたた寝をし、また風呂に浸かり、と、以下好きなだけ繰り返しているうちあっという間に時間が過ぎてゆく。

この日はちょっと曇って雨まじり。

本館からSPA&SUITE棟に入ったところにある展望ロビーも、水盤の使い方が素晴らしく、時間帯ごとに違った表情を見せてくれるので、どれだけいても飽きることがない。この水盤モチーフはそのまま部屋の作りに生かされていて、テラスの浴槽の向こうにも水が満たされており、夏は涼し気な、春・秋は季節の移ろいを感じさせてくれる3)

1 赤倉、川奈ともに2004年に大倉系列から売却されている。赤倉の現オーナーは、米国で持ち帰りずしチェーンAFC Corpを興して成功した日本人経営者。
2 赤倉オリジナルの雰囲気を損なわず、全体としての格調を保っている。2016年にはプレミアム棟もオープン。こちらも良い。
3 冬はSPA&SUITE棟の眼の前の広大な斜面がスキーゲレンデになるようだが、冬は混んでいるので行ったことがない。