高校の頃、家族旅行で遊びに行った軽井沢は、渋滞と人混みばかりで何がいいんだかさっぱりわからなかった。軽井沢銀座は、チープな土産物屋が並び、ぞろぞろと人が列をなして歩いていて、垢抜けた避暑地どころかかえって暑苦しくげんなりするようなところだった。今思えば、ハイシーズンの週末に日帰りで遊びに行っても、そりゃ混むばかりでさぞかしつまらなかったろうな、と当時の自分に同情する。軽井沢はオンシーズンなら平日、もしくはオフシーズンに、泊まりでのんびりしに行くところであって、「のんびり」とはまだ縁遠い元気のあり余った高校生が行くところじゃなかったのだ。
時は流れ、ああ、のんびりしたい!と心から希求するようになった中年男は、駅で見かけたJR東日本の「大人の休日倶楽部」のポスターに心惹かれて立ちどまる。そこには風雅な佇まいのホテルの部屋で、ひとり静かに本を読む吉永小百合が写っていた1)。覚えている人もきっと多いであろうこのポスターの撮影場所が万平ホテルだった。今調べてみたところ、2005年のキャンペーンなので、もう13、4年も前のことだ。以来、僕にとっては、ほとんど、軽井沢に行く=万平ホテルに泊まる、ということになっている。
万平ホテルは、江戸時代から長く続く旅籠「亀屋」を、九代目主人の初代万平が、外国人客の接待もできる宿にすべく、1894年に欧米風のホテルに改装し、名を「亀屋ホテル」へと改称したのがはじまり。日本一の避暑地とも言える軽井沢の、垢抜けた空気の中心となるホテルである。
吉永小百合が本を読んでいたのは1936年に建てられた本館アルプス館の一室。正面玄関のある建物がアルプス館で、入口右手にあるフロントの脇にある階段を昇ると客室に通じる。古い建物だけに、建具などは多少ガタついていて、中庭から虫やすきま風が入ってくることもあるが、そこは部屋全体の凛とした佇まいの前ではご愛嬌。障子の桟の文様や、丸い電灯がなんとも美しい。
バーもまた良い。小さくて一見地味だけれど、歴史と格式あるホテルのバーにふさわしい落ち着いたつくり。チーフバーテンダーの小澤さん2)は有名人で、彼と話をしたくて来るお客さんも多数。とはいえ、御本人は、常連でも、一見でも、若い人でも別け隔てなく接するプロフェッショナルだ。旧メルシャン・軽井沢蒸溜所が閉鎖されたとき、そこで作られていたシングルモルトウィスキーの一部を引き上げてきたらしく、今ではとても飲めないような長期熟成モノを何種類か飲ませてもらったことがある。
万平ホテルは、川奈と同じく「日本クラシックホテルの会」の構成メンバー。もう少し涼しくなったら、訪問したいと思っている。