何人たりとも、クイーンのボーカリスト、フレディ・マーキュリーに代わることはできない。これは誰もが認める事実だろう。歌唱力、声質、カリスマ的エンターテナー性、曲作りの能力。どれをとっても唯一無二であり、クイーンというバンドとその創り出す世界のフロントマンとして絶対的な存在であった。だからこそ、1991年に彼が亡くなった後、クイーンは長らくバンドとしての活動を停止していたし、せざるをえなかったのだと思う。2005年、本当にしばらくぶりにワールドツアーを行うにあたって迎え入れたボーカリストがポール・ロジャースだったというのは、古くからのロックファンにとってはかなり「意外な」人選に映ったはずだ。
ポール・ロジャースは、クイーンに比べれば、日本での知名度はないに等しいかもしれないが、クラッシクロック好きならばたいていの人は知っている実力派ブルーズ・ロックボーカリスト。フリー、バッド・カンパニー、ザ・ファームなどでの活動で知られる。ホワイトスネイクのデイヴィッド・カヴァデールや、元ディープパープルのグレン・ヒューズのようなボーカリストにとっては、ブルーズとロックを融合させた偉大なる先達といえる。
僕にとっても当初「意外」であり若干「懐疑的」にも思えたこの起用だったけれど、ライブアルバム「リターン・オブ・ザ・チャンピオンズ」を聴いて認識を180度改めることになった。僕にとっては、何ならオリジナルよりも好きかもしれない、と思わせるほどに素晴らしい出来だったのだ。鮨とステーキとどっちが美味いかを比べても意味がない。あえて言うならどちらが好きか、くらいしか表現しようがない。例えは少々雑だけれど、同じ理屈で、フレディとポールは、あまりにスタイルが違っていて、お互いを比べても意味がないのだ。フレディが、ヨーロッパ大陸的な、クラッシックやオペラの耽美的な匂いをまとっていた1)のに対し、ポールは大西洋の反対側の、アメリカのブルーズとその英国的解釈としてのブルースロックの土の匂いを持ち込んだ2)。これほど違うボーカリストを立てることで、僕らはフレディへの気持ちをそのままに、「別物」としてポールの歌うクイーンを楽しむことができるようになった。ポール・ロジャースとして唯一無二のボーカルは、クイーンの楽曲を、クイーン自身による別次元の解釈で演奏することを可能にしたのだ。面白いことに、ポールのブルースロック的世界に呼応するように、ブライアン・メイのギターも、どこか普段よりも粘りのあるリズムとノリでプレイされているように聞こえる。
2005年さいたまスーパーアリーナでのコンサートを観に行った。アルバムと全く同じように、静かなオルガンのバックにのせて「Reaching Out」3)が始まる。思わず涙腺がゆるんでしまうほどの、心が締め付けられるようなポールのシャウトが “Are you reaching out for me…” と響き、雪崩のように「Tie Your Mother Down」のハードなイントロに続く。これまで何本のコンサートを観たか数えきれないけれど、ベスト3に入る圧巻のコンサートであった。