台北のカフェ

東京にいると、美味しい珈琲とリラックスした時間を提供するカフェを見つけるのはさほど難しくない。珈琲・カフェ文化は近年ますます盛んになり、何十年と続く老舗から若い世代が開いたお店まで、困ってしまうほど選択肢は沢山ある。カフェ文化は東京だけでなく世界のいろいろな都市で、それぞれローカルな特色を形作りながら脈々と息づいており1)、それが世界の都市を旅する大きな楽しみのひとつにもなる。

台北ももちろん例外でなく、街を歩けばあちこちに素敵な佇まいのカフェを目にする。多くはハンドドリップで丁寧に入れた珈琲とお店で焼いたちょっとしたスイーツ類や軽食を提供している。焙煎機を備え自分で豆をローストするお店も珍しくない。

先日台北を訪れたときに、散歩中の暑さしのぎも兼ねて目についた良さそうなカフェにいくつか入ってみた。どのお店も深煎りから浅いものまでいくつかの豆のセレクションがあり、ハンドドリップで入れてくれた珈琲や、水出しのアイスコーヒーは外れなく美味しかった。むふふ、吾輩のカフェを見極める目も肥えてきたものだ、とひとりごちたものだが、どうやら台北のカフェは平均的にレベルが高く、どこに入ってもそれなりに美味しいのであって、当方の鑑定眼はあまり関係がなかったようである。

台北のカフェの面白い特徴のひとつは、一人分の珈琲であっても、小さなポットとデミタスサイズの小さなカップを一緒に出してくれることである。これはまさに、茶藝館で中国茶を楽しむ時と同じだ。珈琲は、お茶のように急須で何煎かするうち香りや味が変わってくるわけではないけれど、落ち着いてゆっくり楽しむ、というときには、このほうが気分的に座りがいいのだろう。喫茶店と聞くと、当たり前のように珈琲を飲むところ、と思っているが、そもそも茶を喫すると書くわけで、茶の作法が影響しても何らおかしなことはない。

アメリカの珈琲

僕がはじめてニューヨークに行った90年代初めに比べて、アメリカの珈琲はずいぶん美味しくなった。当時、オフィスやサンドイッチショップで出てくる珈琲は、薄くて香りはないも同然で、日本なら場末の定食屋で出てくる安っぽい出涸らしのお茶みたいな代物が多かった。今はスターバックスはそこら中にあり、独立系のカフェもあちらこちらで美味しい珈琲を出してくれる。

シリコンバレーではあちこちに「Peet’s Coffee」というカフェがあり、いい珈琲とちょっとした甘い物を楽しめる。新興のカフェチェーンなのかと思っていたがさにあらず。創業期のスターバックスがビジネスのモデルとしたお店で、創業者のアルフレッド・ピーツが最初のお店をだしたのが1966年、もう50年以上も前のことだ。オランダ生まれでコーヒー関係の仕事に馴染みのあったピーツさんは35歳のときにサンフランシスコにやってきて、アメリカのコーヒーのひどさにショックを受け、新鮮な深煎り豆をつかった濃くてリッチで美味い珈琲をアメリカに広めんとしてお店を開いた。全米で二百数十店舗あるようだが、二百近くをカリフォルニア州で展開しているので、カリフォルニアご当地コーヒーといってもよさそうである。スターバックスはエスプレッソをミルクで割るタイプのものはともかく、普通のブラック・コーヒーはあまり美味しいとは思えないのだが1)、ピーツは透明感を失わずに酸味の少ない深い味わいで僕の好みに合う。

ニューヨークのパークアベニューには、Felix Roasting Co.という美しいカフェがある2)。一歩中にはいると外の喧騒を完全に忘れるほど、落ち着いたヨーロッパ調のエレガントな空間が広がっている。これほど美しいカフェというのはなかなかお目にかかれないと思う。真ん中に円形にカウンターがしつらえてあり、その中でバリスタが一杯一杯珈琲を入れてくれる。こちらも深煎りでコクがあり日本の美味しいお店で飲む珈琲とまったく遜色はない。クロワッサンやペイストリーもガラスケースの中に凛として並んでいて実に美味しそうだ。

普段あまりに飲み慣れているものというのは、美味しいとか美味しくないとかを気にすることもなってしまうのはよくある話。日本でも、茶葉や湯に気を使って、美味しい日本茶を淹れて飲んでいる人はごくごく限られているだろう。アメリカの珈琲も同じだったのだ。今では当たり前になったペットボトルのお茶だって販売されるようになったのは1990年3)。それまではお茶を缶やペットボトルで飲みたい、という欲求すら意識することはなかったと思う。この例から類推するに、これからアメリカでも缶コーヒーが流行りだす日がくるのかもしれない。

1 スターバックスリザーブでは珈琲のロースティグと味わいに力を入れているようだが、どうなることか。
2 似たような名前のカフェやレストランがたくさんあるので検索するときは注意。
3 このサイトによると85年に伊藤園が缶入りの煎茶を出している。缶入り烏龍茶のほうがさらに早く81年。