ROSHANI

サーキュラー・キー(Circular Quay)をぶらぶらと散歩しながら写真を撮っていたら、ストリートミュージシャンの歌声が聞こえてきた。アコースティック・ギターにのせて、魂の震えがそのまま伝わってくるようなブルージーな歌声。思わず足を止めて聴き入ってしまった。声の主は小柄な女性で、アップにした髪に黒いサングラス、白地にプリント柄のふわりとしたワンピースが褐色の肌によく似合う。深く豊かな倍音を含んだ声は、落ち着いたトーンの中に哀切の情が溢れ、聴く者の心の奥までぐっと入り込んでくる。オーストラリアのミュージックシーンはよく知らないけれど、ブルーズ的な要素はほとんどないと勝手に思い込んでいたので、こんなにも「泥臭い」ブルーズを奏でるミュージシャンがストリートで歌っているのか、と驚いた。

何曲か聴いて、ブレイクタイムに本人からCDを二枚買った。名前はROSHANIというらしい。ホテルに戻って改めて聴いてみると、これがまぁ実に良い。どんなミュージシャンなんだろうと検索してみたところ、2015年のオーストラリア版 X-Factor(アマチュアのオーディション番組)に登場するや一夜にしてiTunesのブルーズチャートの一位を攫ったシンガーであった。生まれはスリランカ。生後6週間でオーストラリア人夫妻に養子に出され、以来オーストラリアで育った。X-Factorで注目された後、「60 Minutes」というドキュメンタリー番組の企画で、28歳にして初めて産みの母親をスリ・ランカに訪ねている。現在は、パートナーのミュージシャンとオーストラリアをクルマであちこち旅しながら歌っているようだ。こういう生き方もブルーズミュージシャンらしいし、こうして歌がますます魅力的になっていくのだろうな、と思う。ライブハウスのような小さな会場でじっくりと聴きたいミュージシャンだ。

2015年と16年に発売されたアルバム2枚がiTunes、Google Play Musicなどで見つかる。その後に発表した2枚については、本人のウェブサイトで購入できるようになっている。ロック・ブルーズ的なものが好きな人なら聴いて損はないと思います。

ロングブラックとフラットホワイト

オーストラリアはグローバルに広がるカフェ文化をリードしている国のひとつだ。シドニーのそこここにあるカフェは、どれもなかなか美味しいコーヒーを出してくれるし、独自の焙煎をして豆も販売しているお店も多い。フレンチローストやエスプレッソなどの極深煎りを使った珈琲が多い印象があるけれど、中には浅煎りで酸味の効いたものを出すカフェもあって、それぞれが特長を出しながら美味しさを競っている。

オーストラリアのカフェでよく注文される二大巨頭が、「ロングブラック」と「フラットホワイト」である。このふたつ、シドニーにいると毎日のように耳にするけれど、最初はなんのことだかよくわからなかった。

「ロングブラック」はいわばエスプレッソのお湯割りである。スターバックスの「アメリカーノ」がおおむね同じ作り方ではあるが、なぜか両者は別物のように味が違う。シドニーで飲むロングブラックはこくがあって深く、「お湯で薄めた」感はないのだが、アメリカーノはいかにも「お湯割り」な感じがする1)。僕の感じでは、単純なエスプレッソとお湯の比率の問題だけではなく、エスプレッソそのものが違うのだと思う。さらに、お湯を先に入れておいてそこにエスプレッソを注ぐのか、その逆がいいのか、など、イギリスのミルクティー論争に似た主張をウェブのあちこちで見かけるが、味にどう影響するのかまでは正直よくわからない。(ちなみに上の写真は、アイスロングブラック。)

「フラットホワイト」は、言ってみれば濃いめのカフェラテである。細かいことを言えば、最後にちょこっとフォームミルクが乗っているとかいないとか、いろいろとあるようだが、スタバやドトールで飲むラテとの一番の差は、エスプレッソがぐっと「効いている」ことだろう。カウンター越しに作っているところを見ていても、漂ってくるのはエスプレッソの香りで、ミルクの香りではない。これも、「ロングブラック」と同じように、比率の問題だけでなくやはりエスプレッソの違いが大きいのではないか。僕は普段の珈琲はブラック一本槍だけれど、フラットホワイトなら飲んでもいいかなと時々思う。

このふたつ、僕が知る限り、日本やアメリカではまだあまり聞かないが、「フラットホワイト」はとうとうアメリカのスタバに登場したらしい。

1 もしかするとスタバ得意のカスタマイズで「お湯少なめ」で注文するほうがよいのかもしれない。

Quay West Suites Sydney

「シドニーらしい」眺望といえばやはりシドニー湾。そして望むらくはオペラハウスとハーバー・ブリッジの両方あるいはどちらかが見える部屋がいい、となるとロックス地区かサーキュラー・キー周辺のホテルを探すことになる。眺望が期待できるホテル、となると、シャングリラ、フォーシーズンズ、やや離れるがマリオットあたりが候補に上がる。といっても、シドニーのホテル料金はニューヨーク並といっていいほどに高騰していて、シャングリラ、フォーシーズンズのハーバービューの部屋だと一泊5万円前後、時期によってはそれ以上を覚悟せねばならない。

キー・ウェスト・スイーツ・シドニー(Quay West Suites Sydney)は、シャングリラとフォーシーズンズの間に地味に建っている高層ホテルだ。Accor Hotels という日本ではあまり展開していないホテルグループに属しているので、日本での知名度は高くない。名前の通り、部屋はキッチン付きのアパートメントタイプで、長期滞在型のホテルである。部屋ごとの単価はシャングリラ、フォーシーズンズより少し安いくらいだが、人数が増えるとおトク感がぐっとアップする。旅行も長くなると、外食ばかりでは飽きるしお金もかかるが、キッチンがあるだけで食事が美味しくかつ安上がりですみ、さらにはシドニーで生活しているような気分も楽しめる。近くのスーパーでオージービーフのでかいのを買ってきて自分で焼いて豪快に食べるといった楽しみを満喫できるのがよい。

さらに、このホテルの何よりの魅力は、窓の外に広がる息を呑むような素晴らしい眺望1)だ。眼下のサーキュラー・キーから右にオペラハウス、真ん中に豪華客船が停泊する国際旅客ターミナル、その奥にハーバー・ブリッジ。朝はハーバーの奥から朝日が昇り、夜は見事な夜景が展開する。シドニー港を大型客船が優雅に出入りし、水上バスが忙しく発着する様を眺めながら、読書するもよし、仕事するもよし、ビールを飲むもよし。リビングが広く、ベッドルームが別になっているせいもあって、部屋に一日いてもストレスを感じない。

1 もちろんハーバービューの部屋を予約する必要がある。

ビーチの洗練

バルモラル・ビーチ(Balmoral Beach)は、北シドニーの高級住宅地モスマン(Mosman)の東端にある美しいビーチ1)。ここはボンダイビーチとはちょっと趣を異にしたビーチで、利用者の多くは地元の人であり、僕が観察した限りにおいて、若者というよりは、3世代でのんびりと時間をすごすファミリーや引退してのんびり自分の時間を過ごしているシニア世代が多かったように思う。高級住宅地に隣接した「プライベート」感のあるビーチで、華やかなビーチファッションというよりは、品の良いパステルカラーのファッションの人が目立つ。

ビーチ沿いの緑地帯にはあちこちに大木が心地よい木陰を作り出している。そんな木陰のベンチのひとつに腰を掛けて、時折吹く柔らかな風を受けて、しばしぼーっと海を眺めるのはとてもよい。少し長めの白髪に白いヒゲを蓄え、クリーム色のパナマ帽を粋にかぶった初老の紳士が、片手にふたつのワイングラス、もう片方に冷えて水滴のついた白ワインのボトルをぶら下げてゆっくり芝生を横切ってゆく。ベンチには奥さんらしき上品な女性が待っていて、ワインをグラスに注ぎ、二人で海を眺めながらワイン片手に談笑している様子は、映画のワンシーンのようだ。こういうときはやはり白ワインかスパークリングが似合う。などと言うと、気取りやがってこの西洋かぶれが、と思われる諸兄もいらっしゃるであろう。でもね、ちょっと想像してみてほしい。登場人物を変えず、同じパナマ帽の紳士が持っていたのがコップと日本酒の一升瓶だったらどうであろうか。奥さんとふたり、なみなみと注いだ酒をぐっと飲んでいる姿から浮かぶ言葉は、まず「酒豪」であって、「穏やかな老後」というより、岩に砕ける荒波をバックに「生涯現役」の筆文字が浮かぶのではないか。

そういえば、リゾートらしく洗練された雰囲気のビーチには、もうひとつ大事な要素があって、それは「磯臭くない」ということである。磯のにおい、あるいは海藻とか魚のにおいがすると、途端に「漁港」、働くオトコの場という雰囲気が醸し出される。ボンダイも含めシドニー近郊のビーチはほとんど磯のにおいがしない。それがオシャレなリゾート感を作り出すのに貢献している。ちなみに、沖縄のビーチも同様で磯のにおいがしない。本土とは海藻の種類が違うからだという話を以前聞いたことがある。

1 ダウンタウンシドニーからは、ハーバー・ブリッジを北へ抜けてクルマで、あるいは、サーキュラー・キー(Circular Quay)からフェリーとバスで行くのが便利。

ボンダイビーチは熱海である

ボンダイビーチ(Bondi Beach)は、シドニー中心部からわずか10キロ、電車とバスを乗り継いで30分弱のところにある美しいビーチだ。白く細かい砂は太陽を反射して金色に光り、海は緑にも青にも見える深い色を湛えている。98年に発売されたアップルの初代iMac1)が「ボンダイブルー」という半透明の青緑色で売り出したのを覚えている人もいるのではないか。首都シドニー近郊ということもあり、オーストラリアで最も有名なビーチのひとつに数えられる。

訪れた日は絶好のビーチ日和。空は青く晴れ渡り、太陽はさんさんと降り注ぎ、風は穏やかにそよいでいる。砂浜にはたくさんの若者が集い、甲羅干しをするもの、ビーチバレーに興じるもの、波打ち際で走り回る子供、ボディボードで水を滑るものなどで大いに賑わっている。道路際のカフェでアイスコーヒー2)、冷たいソーダとアイスクリーム。夏の賑わいと美しいビーチの風景。

でも。どこかちょっとだけ違和感が拭えない。その、何というか、書割みたいな、と言えばいいのか。道路を隔てた反対側にビーチに沿って伸びる商店街やカフェがどことなく「つくりもの」っぽく見える。ボンダイビーチってこういうもの、って誰かが書いたシナリオに従ってみんな楽しんでるような。心からリラックスして解放されて、というのではなく、ボンダイビーチに来たらこうやって楽むもんなんです、っていうありきたりのルールブックに則ってるみたいな。それは、圧倒的多数が観光ガイドを見てやってくる観光客だからであって、そして僕ももちろんその一員ではあるのだが。そんな少し醒めた目で眺めていたら、ふと、「熱海みたい」と思ったのだった。もちろん、ボンダイは現役バリバリの人気ビーチであって、熱海のように昭和の残滓があちこちに残るおっちゃんの宴会場の夢のあと3)、というわけではない。でもステレオタイプな町並と風景が醸し出す雰囲気というか空気感がどこか似ている。

そういえば、前回来たのは1年ほど前の春先で、雨まじりの強い風の吹く日だった。砂浜は灰色で人も少なく、波も高く泡立ってどこか荒涼とした中に、それでも頑張ってビーチに寝転んでる人たちがいたのだった。当時は言葉になっていなかったのだが、それもどこか「熱海」っぽい風景だったな、と今にして思う。いや、決して揶揄しているわけではないのだけれど。

1 モニター一体型のデスクトップPC。ビデオ再生機一体型の「テレビデオ」のようにも見える。モニター背面が尖った角の丸い変形五角形をしていた。
2 正確にはCold Long Black
3 熱海だって、最近は高級オーベルジュができたり映画やドラマのロケ地として賑わったりと、以前とは変わってきているようだが。

クイーンエリザベス

晴れている日にロックス地区(The Rocks)の高台から見下ろすシドニーの港は、西側にハーバーブリッジが伸び、東側にシドニー・オペラハウスが貝を重ねたような特徴的なシェイプを光らせる。クラッシックな様式の黒い橋と近代建築のマスターピースとも言える白いオペラハウスに挟まれた青い水面を多くの船が行き来する風景は、とても美しい。

シドニー滞在中のある朝、ふと見ると、国際旅客ターミナル(Overseas Passenger Terminal)にクイーンエリザベス号が停泊していた。全長がおよそ300メートル、幅が32m、総トン数9万トン。近くで見ると巨大ビルが海上に横たわっているかのごとき威容である。停泊しているのは2010年に就航した三代目だ。先代(二代目)のクイーンエリザベス2世号が横浜港にはじめて寄港したのは1975年のことで、当時ニュースなどでも大々的に取り上げられた。港まで見に行った横浜在住の叔父が興奮気味に「大きすぎて桟橋からはみ出しちゃってるんだよ」と話していたのを覚えている。以来、クイーンエリザベス号といえば、僕にとって(そして日本人の多くにとって)豪華客船の代名詞であり、特別な存在となったのだった。

そのときからずっと、無邪気にも数十年に渡ってクイーンエリザベスが世界最大の豪華客船だと思いこんでいたわけだが、実は、大きさで言えば、もうすでに世界のベスト30にも入っていないらしい。現時点で最大の客船は2018年3月に就航したシンフォニー・オブ・ザ・シーズ(Symphony of the Seas)で、全長はそれほど変わらないものの、幅が65メートル、総トン数は約23万トン。なんとクイーンエリザベスの2倍以上である。いつのまにかクイーンエリザベスは、中型、というか「豪華」客船としては決して大きくない存在1)になってしまっていたのである。

「世界最大」からは遠く隔たってしまったとはいえ、それでもクイーンエリザベスは大きく、優雅である。シドニー港はこのクラスの客船が毎日のように入出港しており、眺めていて飽きることがない。ハーバー・ブリッジをくぐった先にホワイトベイ・クルーズターミナルという埠頭もあって、大型船がアタマをかすめるように橋をくぐる様子を見ることもできる。こうして見ているとつい、ちょっと乗ってみたいなぁなどと思い始める。この大きさなら酔わないのだろうか。時化やうねりではやはり船室で寝たきり地獄になったりするのだろうか。ひどい船酔い体質としてはそんな心配をしてしまう。まぁ、いざ乗るとなったら心配すればよいのであって、今心配する必要はどこにもないのだが。

1 クイーンエリザベスの幅32メートルというのはパナマ運河を通過できる最大幅という制約からきているそうだ。つまり現代の巨大豪華客船はパナマ運河を通らない航路を使うということになる。

ホバート旅行記 6 ボノロング野生動物保護施設

Bonorong Wildlife Sanctuary

タスマニアと言えばもちろんタスマニアデビル。この恐ろしげな名前の動物を見ずにタスマニアに行ってきましたとは言えぬ。写真を見ると、小型犬くらいの、真っ黒い、クマのような風貌の、やや恐ろしげな雰囲気の動物である。タスマニアの固有種とはいえ、タスマニアに行けば、どこでも見られる、というわけではない。タスマニアデビルは絶滅危惧種に指定されており野生の個体数は急速に減少している。夜行性で、死んだ動物の肉を食べる習性があるため1)、クルマに轢かれて死んだワラビーなどの動物を食べようと道路に出てきて、自分も轢かれてしまうという事故が多いらしい。また、20年ほど前から、デビル顔面腫瘍性疾患(Devil Facial Tumour Disease, DFTD)という伝染性の癌が急速に広がっていて、個体数の減少に拍車をかけている2)

ボノロング野生動物保護施設は、動物園ではない。タスマニアデビルをはじめ、ウォンバット、ハリモグラなどタスマニア、オーストラリアの固有種(おおくは有袋類)を救助、保護、リハビリ、そして可能な限り野生に帰すプログラムを行う保護施設だ。自由に施設内を見学できるほか、職員による説明付きツアーなどもある。ここには十数匹のタスマニアデビルが保護されていて、タイミングによっては間近で見ることができる。

餌につられて出てきた

ちょうど餌やりのタイミングにぶつかったようで、職員の女性が餌を入れたバケツを持って区画に入ると、横穴からにゅっと黒い動物が現れた。餌につられて穴の外に出てくるけれど、肉片をくわえてすぐに穴の中に戻ろうとする。夜行性なので昼間はあまり外に出たくないのかもしれない。気まぐれにあちこち動き回ると、まもなく穴に戻っていった。デビルの年齢や、健康状態に応じて、いくつか区画わけがされていて、それぞれに何頭かのデビルがいるようだ。

ダンボールが大好き

デビル以上に見学者に人気だったのはウォンバット。コアラをずんぐりの樽型にしてふかふかの毛皮をかぶせて木の上から地上におろしたような、なんともかわいらしい姿3)。人間に撫でられたり抱っこされるのがどういうわけか大好きのようだ4)。フォレスターカンガルーは園内いたるところにいて、餌やりができる(というより餌をもっているとぬ~っと向こうから寄ってくる)。100歳を越えたオウムや、ヘビ、ハリモグラも見ることができるので、動物好きなら、半日くらいは時間をとってぜひ訪ねたい施設である。

1 この屍肉を食べる習性とその鳴き声からデビルの名がついたとも言われている
2 2016年8月31日付けAFP記事によると、タスマニアデビルは、非常に急速な遺伝子進化を通して絶滅の危機から立ち直りつつあるとみられるとの驚くべき研究結果が30日、発表された、とある
3 コアラに一番近い親戚らしい
4 この施設ではないが、撫でてもらえなくて鬱になったウォンバットが話題になったこともある

ホバート旅行記 3 グランド・ビュー・ホテル

ホテル外観

 グランド・ビュー・ホテル(Grande Vue Private Hotel)は1906年に建てられたクィーン・アン様式の屋敷をリノベーションした小さなアパートメントホテルだ。クルマはホテルの前に路上駐車する。(駐車許可証をホテルが用意してくれる。)アンティークなドアをぎいと開けると廊下左手に暖炉を備えた居心地の良さそうなラウンジ。廊下右奥にあるフロント代わりの小さなカウンターでジョンさんが出迎えてくれる。ジョンさんは品の良いイギリス老紳士といった趣で、このホテルのオーナーだ。部屋は階段を昇った2階の奥の3号室。エレベータはないので、大きなスーツケースをよっこらしょと抱えて運び上げる

 ドアをあけた瞬間、部屋の窓いっぱいにホバートの港と大きく広がるサンディー湾が広がっている。湾にはヨットがあちこちに浮かんで、穏やかな波に揺れている。海のように見えるが、ここはまだ海ではなく、タスマニアの東側を南に向かってながれるダーウェント川 (River Derwent) の河口に近い場所で、ここからさらに数キロ流れてブルーニー島の北側で海に注ぐ。

グランドビューホテル
窓いっぱいにサンディー湾が広がる

 室内は青灰色の壁にアンティークのカーテン、クローゼット、ベッド。色ガラスの嵌った窓や建具もおそらく建設当時のものなのだろう。とても温かな雰囲気だ。シャワー、トイレ、ミニキッチンは新しいものが使われている。

マフィン
4時になるとできたてのマフィンが届く

毎夕4時になるとジョンさんの奥さん、アネットさんが手作りする、できたての香ばしいマフィンが部屋に届けられる。普段あまりマフィンって食べないのだが、夕方を心待ちにするくらい美味しかった。

ホバート旅行記 2 空港からホテルへ

 タスマニア入りにはいくつかルートがあるが、今回はメルボルン経由でホバート (Hobart) に入る。ホバートはタスマニア州の州都であり最大の都市だ。最大といっても近郊も含めたエリアの人口は20万人ほど。タスマニア州は全体の人口でも50万人しかいないので、およそ半分がホバートに住んでいることになる。ちなみにメルボルンとシドニーがともに人口500万人くらいだから、タスマニアがいかにこじんまりした州なのかがわかる。日本で同じくらいの規模の市といえば島根県の松江市、東京でいえば台東区が該当する。

AIR 吉野家
空の上でもおなじみのオレンジ

 10月20日午前11時発の日本航空JL773便で成田を発ちメルボルンに向かう。飛行時間はおよそ10時間。日本発のJALは機内食に「吉野家」が出る。これが意外と美味しい。持ち込んだタブレットでジェイソン・ボーンのシリーズを立て続けに見て時間をやり過ごす。アルティメイタムが一番いいな。メルボルンと東京は時差が2時間1)あるので、メルボルン到着は夜11時。空港近くのホテルで一泊して、翌21日の12時40分発のカンタス航空QF1503便でホバートまで1時間15分。

 南半球のオーストラリアは初夏。ホバート空港は小さな空港だが木々や芝生の緑が鮮やかだ。飛行機を出るとタラップを降り滑走路脇を歩いてターミナルに向かい預け入れた荷物を受取る。空港で手配していたレンタカーに荷物を積み込み、いざ出発。オーストラリアは日本と同じく左側通行なので運転がラクだ。

Qantas Link
Qantas Linkというシャトル便。座席配置は3列-2列

 空港パーキングを出てA3号線・タスマンハイウェイに乗る。空港からホバート市内まではおよそ30分。タスマンブリッジ (Tasman Bridge) を渡ると長い坂道の先にホバートの港とダウンタウンの街並みが見えてくる。オフィスが集まる一角を抜け、波止場沿いの道を走ってバッテリーポイント (Battery Point) へ。バッテリーポイントは、19世紀にホバートが開かれた当初から入植者が住んだエリアで、今では港を望む高級住宅地だ。ところどころに古いビクトリア様式の邸宅が建っている。どの家もよく丹精された庭があり、春の花を咲かせた庭木が美しい。

1 オーストラリアが夏時間 (Daylight Saving Time) の場合。

ホバート旅行記 1 タスマニアへ

タスマニアの位置

 タスマニアはオーストラリアの南東の端っこにぶら下がるように位置する島である。日本で地図を眺めているときはそれほど大きくは見えない。2,3日もあればクルマで一周できるんじゃないかくらいの感じだ。でも実際には北海道の8割ほどの大きさだからかなり大きな島だ。

 多くの日本人にとってタスマニアといえば、タスマニアンデビルという恐ろしげな名前の動物のイメージだろう。世代によっては「タスマニア物語」という映画を思い浮かべるかもしれない。田中邦衛と薬師丸ひろ子が出ていた1990年の映画だ1)

 僕も旅行に行こうと思い立つまでタスマニアのことなど何一つ知らなかった。パタゴニアと混同していたくらいだ。(カタカナ5文字と南半球くらいの共通点しかない。)2017年秋のある日、日比谷線六本木駅に続く地下道で、「JALメルボルン線開設」と阿部寛がにっこり微笑む大きな広告ボードをたまたま目にしたのをきっかけに、そうだ、メルボルン行こう、と思い立った。そうだ、京都行こう、みたいなノリで。地図でメルボルンを眺めてみると、タスマニア島がいやでも目に入る。ほう、タスマニアね。面白そうだからちょっと足でも伸ばしてみるかな。

 調べてみるといろいろと面白い島だということがわかってくる。中でも興味深いのは、タスマニアでは近年ウィスキーづくりが盛んで、それもシングルモルトウィスキーを作っているということだ。シングルモルトウィスキーといえばスコットランドあるいは日本というのが定番で、オーストラリアのウィスキーなんて寡聞にして聞いたことがない。でも、2014年にタスマニアのSullivans CoveというウィスキーがWorld Whiskies Awards (WWA) のシングルモルト部門で最高賞を受賞している2)。ウィスキーブームに乗って世界的にも人気が高まっているが、各蒸溜所とも生産量が限られていて現地以外ではなかなか手に入らないらしい。うむ、これはウィスキー好きとして行かねばなるまい。

 

1 主人公が一流企業を辞めて絶滅したタスマニアンタイガーを探しに行くという陳腐な話らしい。制作はフジテレビ。
2 同年のブレンデッドモルトウィスキー部門ではニッカ「竹鶴」17年が最高賞である。