珈琲のおとも

高級ホテルの喫茶や、フランス料理店で珈琲を頼むと、ソーサーの脇に小さなクッキーやチョコレートが添えられていることがある。以前は、値段が高い分のサービスかなくらいにしか思っていなかったが、珈琲に凝り始めると、こうしたチョコやクッキーが珈琲を引き立てる効果があることがわかってくる。酒に対するつまみ、あるいはワインと料理のマリアージュみたいなもので、なくても困るわけではないけれど、あればずっと深く味わいを楽しむことができる。

どんなものが珈琲1)に合うのかなとつらつらと考えてみる。ミルクはもちろんアイスクリームなどの乳製品。アフォガートのようにバニラアイスと珈琲というのは鉄板の組み合わせだ。クッキーやプチシューのような焼き菓子。ナッツ類。チョコレート。並べてみると脂肪が多く含まれているものが合いそうである。

意外なところでは、羊羹。普通の煉羊羹もいいが、栗蒸しだと更に良い。甘い羊羹が深煎り珈琲の苦味と余韻を引き立ててくれる。羊羹は珈琲の香りを邪魔しないのもよい。そういえば、とらやでは季節ものとして毎年「珈琲羊羹」を出している。やはり小豆と珈琲の香りや苦味は相性がよいのだ。

あ、そうだ、とらやといえば、開高健は羊羹「夜の梅」とシングルモルト・ウィスキー(マッカラン)の組み合わせを人に勧めて「こんなうまいもんはあらへんで」と言ったらしい2)。考えてみれば、上にに挙げた珈琲と相性のよいものはみな、ウィスキーにもぴったりである。そもそも、アイリッシュコーヒーなんて、ウィスキーと珈琲をあわせたカクテルがあるくらいだから当然か。僕の一番好きなウィスキーの相棒は、オランジェというオレンジピールのチョコレートがけだが、これは珈琲と組み合わせても素晴らしく美味しい。

というわけで、珈琲とウィスキーの手軽で安価なお供として、源氏パイ、ビスコ(「発酵バター仕立て」に限る)、チョコレート(オランジェまたは明治の板チョコ)、小さな羊羹、アイスクリーム(ハーゲンダッツのバニラまたはチョコモナカ)あたりを買い置きしておくのがオススメである。夜のリラックスタイムがちょびっと豊かになる。

1 ここでいう珈琲は深煎りの酸味が少ないものを指している。浅煎りの酸味がたっぷりあるものだとまた少し違うかもしれない。
2 「誰も見たことのない開高健」小学館eブックス 85ページ

ホバート旅行記 5 蒸留所めぐり – Sullivans Cove

 Sullivans Coveはホバート空港からほど近いケンブリッジという街にある。ホバート市街からは、タスマンハイウェイ(A3)で空港方面に走って20分くらい。この蒸留所のフレンチオーク樽熟成のウィスキーが2014年AAWのモルトウィスキー最高賞を受賞した。ここでは朝10時から夕方4時までの間、蒸留所見学ができる。

Sullivan's Cove タスマンハイウェイをB31出口で出て、ケンブリッジロードをハイウェイ沿いに少し戻るように走ると左手に看板が見えてくる。ラークに比べれば大きいとはいえ、それでも小さな蒸留所だ。ビル・ラークが何かのインタビューで、蒸留所見学に来る人は、森と清流の中にあるロマンチックな蒸留所をイメージして来る人が多いけれど、タスマニアの蒸留所はどちらかというとみんなただの工場(こうば)みたいなとこだよ、と笑っていたが、まさにそのとおりの場所である。

  見学は樽の違いを体験する飲み比べも含めて1時間くらい。ビル・ラークによるタスマニアウィスキーの再興から、現在の状況、タスマニア産モルトからウォッシュ(Wash)1)を作り、それをこの蒸留所で二度蒸留後、樽詰めして寝かせ、ボトル詰めするまで、若くてハンサムな従業員が丁寧に説明してくれる。タスマニアウィスキーが世界から認められ、注目されることに対する誇りや仕事への熱意が端々に感じられる。一体に、酒造りの現場の人たちというのは、自分達の仕事に対する愛や熱量が大きな人が多いイメージがあるが、ここもまさにその例に漏れない。僕らに説明をしてくれた彼も、自分が高校のころに仕込まれたウィスキーをいま自分たちが世に送り出してることがすごく嬉しいんだ、と話していた。

 Sullivans Coveでは、当初、小さな樽を使って寝かせ(エイジングし)ていたそうだ。小さな樽のほうがウィスキーが樽に触れる面積の割合が高く熟成が早いことと、資金繰りのため樽単位で事前に販売していた2)のがその理由。今ではビジネスも安定し、大きな樽でのエイジングに切り替えたため、小さな樽では作っていない。出荷前の最後のプロセスである瓶詰めは今でも手作業。瓶詰めの担当者がひとつひとつ楽しそうにラベルを貼っていた姿が印象に残っている。

Sullivans Cove Potstill
ポットスチル(蒸留釜)と熟成樽
一番左はHobert No. 4というジン

 ダブルカスク、フレンチオーク、アメリカンオークの三種類を作っている3)。フレンチオークはポート樽、アメリカンオークはバーボン樽をつかってエイジング。ダブルカスクはその2つをブレンドしたもの。ラークでもそうだったように、どれもピートの煙っぽさはほとんど感じない。マイルドで優しく、同時に複雑さも深さも備えたウィスキーである。迷った末、フレンチオークを購入。結構お値段は張るものの、やはりいちばん美味しかったのだ。ついでにウィスキーロールという革製のボトルケースも購入。ボトルとウィスキーグラスが4つ入る。

 ロビーで面白い本を見つけた。「Kudelka and First Dog’s Spiritual Journey」。オーストラリアの風刺(政治)コミック作家のJon KudelkaとFirst Dog on the Moonの二人が、電動自転車でタスマニアのウィスキー蒸留所をめぐった道中記だ。コミックと文章が半々くらい。Kudelkaはタスマニア出身で、彼のほとばしる郷土愛4)に、First Dogが皮肉をいれる内容がなんとも面白い。クラウドファンディングで発行されたのも興味深い。Amazon等では取扱がないが、Kudelka本人のサイトから購入できる。

 

1 水と麦芽糖と酵素からできた甘い麦汁(ウォート)にイーストを加えて発酵させたもの。ビールの親戚のようなものとも言える。
2 出荷時に蒸留所で買い戻したりもしていた。
3 もうひとつSpecial Caskというのもあるが、一般には買えない。詳しくはウェブサイト参照。
4 ローカルすぎてよくわからないネタも多い。

ホバート旅行記 4 蒸留所めぐり – Lark Distillery

Lark Distillery Barrel

 タスマニアのウィスキーづくりはビル・ラーク(Bill Lark)から始まった。測量技師だった彼は、ある日マス釣りをしながらこう思う「タスマニアにはいい水があって、大麦があって、ピート(泥炭)があって、冷涼な気候がある。なんで誰もウィスキー作ってないんだろう?」そこで中古のポットスチル(蒸留釜)を買って、さてちょっくら作ってみるか、となったとき法律の壁にぶつかった。オーストラリアには1901年に採択された古い法律があり、そこで定められた蒸留量の下限が大きすぎて、事実上小規模生産が不可能だったのだ。彼は地元の議員にはたらきかけて、法律を改正することに成功し、92年に正式に蒸留所として認可される。ここにタスマニアのウィスキー作りの新たな歴史がスタートすることになる。

 彼の蒸留所Lark DistilleryのCellar & Barがホバート市内にある。(蒸留所もすぐ裏手にあるらしいが、現在は見学を中止しているようだ。)もしニッカの余市蒸留所や、サントリーの白州蒸留所などを見学したことがあるなら、そのイメージは一旦脇に置いておこう。ここは小さな蒸留所。大きさで言えば、余市で見学が始まる前に時間待ちする待合室くらいの大きさに全てが入ってしまいそうだ。それくらい本当にこじんまりした手作り感溢れる施設なのである。 

 

 ここ数年のウィスキーブームで小規模生産の蒸留所ばかりのタスマニア・ウィスキーは在庫がすっかり払底状態1)。このCellar & Barでもポケットサイズのボトルが1種類購入できるだけだったが、バーカウンターでは、年度違いやカスク違いをいくつか飲み比べることができる。英連邦としてのスコットランドとのつながりや、地元でピートがとれることから、ピートの効いた(煙っぽい)アイラっぽいテイスト2)かな、と思っていたら全く違った。ピートっぽさは全くない、クセの少ない優しい香りと味わいのウィスキーなのだった。

1 大規模生産者であるニッカでさえ、ウィスキーブームで需要があまりに高まり、余市、竹鶴などの原酒が払底するくらいなので、タスマニア・ウィスキーが手にはいらないのもむべなるかな、である。
2 大麦を乾燥させる過程で熱源に泥炭を使うと、その匂いがウィスキーに移る。煙い感じの独特なニオイで最初はぎょっとするが、慣れるとこれがないと物足りなくなる。スコットランドのアイラ島周辺で生産されるウィスキーはこのピート臭が強いものが多い。日本だとニッカの「余市」が比較的強い。

ホバート旅行記 2 空港からホテルへ

 タスマニア入りにはいくつかルートがあるが、今回はメルボルン経由でホバート (Hobart) に入る。ホバートはタスマニア州の州都であり最大の都市だ。最大といっても近郊も含めたエリアの人口は20万人ほど。タスマニア州は全体の人口でも50万人しかいないので、およそ半分がホバートに住んでいることになる。ちなみにメルボルンとシドニーがともに人口500万人くらいだから、タスマニアがいかにこじんまりした州なのかがわかる。日本で同じくらいの規模の市といえば島根県の松江市、東京でいえば台東区が該当する。

AIR 吉野家
空の上でもおなじみのオレンジ

 10月20日午前11時発の日本航空JL773便で成田を発ちメルボルンに向かう。飛行時間はおよそ10時間。日本発のJALは機内食に「吉野家」が出る。これが意外と美味しい。持ち込んだタブレットでジェイソン・ボーンのシリーズを立て続けに見て時間をやり過ごす。アルティメイタムが一番いいな。メルボルンと東京は時差が2時間1)あるので、メルボルン到着は夜11時。空港近くのホテルで一泊して、翌21日の12時40分発のカンタス航空QF1503便でホバートまで1時間15分。

 南半球のオーストラリアは初夏。ホバート空港は小さな空港だが木々や芝生の緑が鮮やかだ。飛行機を出るとタラップを降り滑走路脇を歩いてターミナルに向かい預け入れた荷物を受取る。空港で手配していたレンタカーに荷物を積み込み、いざ出発。オーストラリアは日本と同じく左側通行なので運転がラクだ。

Qantas Link
Qantas Linkというシャトル便。座席配置は3列-2列

 空港パーキングを出てA3号線・タスマンハイウェイに乗る。空港からホバート市内まではおよそ30分。タスマンブリッジ (Tasman Bridge) を渡ると長い坂道の先にホバートの港とダウンタウンの街並みが見えてくる。オフィスが集まる一角を抜け、波止場沿いの道を走ってバッテリーポイント (Battery Point) へ。バッテリーポイントは、19世紀にホバートが開かれた当初から入植者が住んだエリアで、今では港を望む高級住宅地だ。ところどころに古いビクトリア様式の邸宅が建っている。どの家もよく丹精された庭があり、春の花を咲かせた庭木が美しい。

1 オーストラリアが夏時間 (Daylight Saving Time) の場合。

ホバート旅行記 1 タスマニアへ

タスマニアの位置

 タスマニアはオーストラリアの南東の端っこにぶら下がるように位置する島である。日本で地図を眺めているときはそれほど大きくは見えない。2,3日もあればクルマで一周できるんじゃないかくらいの感じだ。でも実際には北海道の8割ほどの大きさだからかなり大きな島だ。

 多くの日本人にとってタスマニアといえば、タスマニアンデビルという恐ろしげな名前の動物のイメージだろう。世代によっては「タスマニア物語」という映画を思い浮かべるかもしれない。田中邦衛と薬師丸ひろ子が出ていた1990年の映画だ1)

 僕も旅行に行こうと思い立つまでタスマニアのことなど何一つ知らなかった。パタゴニアと混同していたくらいだ。(カタカナ5文字と南半球くらいの共通点しかない。)2017年秋のある日、日比谷線六本木駅に続く地下道で、「JALメルボルン線開設」と阿部寛がにっこり微笑む大きな広告ボードをたまたま目にしたのをきっかけに、そうだ、メルボルン行こう、と思い立った。そうだ、京都行こう、みたいなノリで。地図でメルボルンを眺めてみると、タスマニア島がいやでも目に入る。ほう、タスマニアね。面白そうだからちょっと足でも伸ばしてみるかな。

 調べてみるといろいろと面白い島だということがわかってくる。中でも興味深いのは、タスマニアでは近年ウィスキーづくりが盛んで、それもシングルモルトウィスキーを作っているということだ。シングルモルトウィスキーといえばスコットランドあるいは日本というのが定番で、オーストラリアのウィスキーなんて寡聞にして聞いたことがない。でも、2014年にタスマニアのSullivans CoveというウィスキーがWorld Whiskies Awards (WWA) のシングルモルト部門で最高賞を受賞している2)。ウィスキーブームに乗って世界的にも人気が高まっているが、各蒸溜所とも生産量が限られていて現地以外ではなかなか手に入らないらしい。うむ、これはウィスキー好きとして行かねばなるまい。

 

1 主人公が一流企業を辞めて絶滅したタスマニアンタイガーを探しに行くという陳腐な話らしい。制作はフジテレビ。
2 同年のブレンデッドモルトウィスキー部門ではニッカ「竹鶴」17年が最高賞である。