「インフルエンザ パンデミック 新型インフルエンザの謎に迫る」
河岡義裕・堀本研子 著 (講談社ブルーバックス)
一昨年の暮れに、A型インフルエンザに罹った。症状は激烈で、体の節々が抜けるように痛く、体中の筋肉が軋んで猛烈にだるく、40度近い高熱と寒気で起き上がることもできない。水分補給とタミフルに縋りつつ、半死半生の体でうんうんと唸りながらひたすら横になっているしかない1)。朦朧とする意識の奥で、自らの免疫細胞に、しっかり頑張れと念を送りつつ、5日ほどを寝て過ごしたのであった。
ちょうど100年前、1918年から19年にかけて流行し、全世界で5000万人、一説には一億人近いともいわれる死者を出した「スペイン風邪」は、インフルエンザのパンデミック(爆発的大流行)だった。そもそも「風邪」などというのんびりした名前がついているから誤解されるけれど、スペイン風邪は、毎年流行する季節性インフルエンザよりも、はるかに伝播力と病原性が高く、当時まだ誰も免疫を持っていない「新型」だったため、瞬く間に世界中に伝播し、未曾有の死者数を出すに至った。
本書を読むまで知らなかったのだが、インフルエンザウィルスそのものが「毒性」を持っているわけではないという。病原性の違いは、ウィルスが増殖できる臓器の種類と増殖速度の違いからくる。季節性インフルエンザでは通常上気道などの一部でしか増殖できないが、スペイン風邪ウィルスは、上・下気道を含む全身の臓器で爆発的に増殖し、感染した人に異常な免疫反応を引き起こし、多くを死に至らしめたのだ。
21世紀に入って最初のパンデミックは2009年の「新型インフルエンザ」だった。これは豚由来のウィルスがヒトにも感染し、突如パンデミックが起きたものだ2)。インフルエンザウィルスは動物種の壁を超えて感染する力を持ち、感染力や病原性は変異によって容易に変化するため、いつ次のパンデミックが起きてもおかしくはない。1997年以降、東南アジア、中国、中東、アフリカで、ヒトの致死率が60%にも達する「超高病原性」ともいえるH5N1型鳥インフルエンザのトリからヒトへの感染が相次いだ。こういったウィルスがもしヒトからヒトへ容易に伝播する能力を獲得したりすれば、スペイン風邪を超える被害をもたらす可能性すらある3)。
本書は、インフルエンザウィルスの特徴や、感染や変異のメカニズム、2009年時点の最新知見などが、簡潔でわかりやすい説明と研究者らしいバランスのとれた記述でまとめられている。毎年流行する身近な病気でありながら、潜在的には甚大な危険性をはらんだインフルエンザという病気を、正確に理解し適切な距離感をつかむのにとても役立つ。