猫尻

日本には111の活火山があり1)、この数は世界のおよそ1割に当たるらしい2)。おかげで地震や噴火は日常茶飯事とも言える国土だけれど、その代わりに、世界に冠たる温泉大国でもある。秘境の野趣溢れるところから、公営の銭湯、あるいは超がつくほどの高級宿まで好みと予算に応じて選び放題。なかでも、源泉かけ流し、と言われる、お湯を施設内で循環させず、加水もせずに供給するところは、「上質」な泉質が期待できるとあって人気である。

ところで、温泉の湯温、熱すぎるところが多くないか?日本人には42度が適温、とされているらしいが、一体誰が決めたのか。源泉かけ流しを謳うところは、熱めの湯が多い気がする。僕には40度から40.5度が極楽、頑張って41度が限界なのである3)。熱めの湯でも、いつも頑張って入ろうと努力はしている。そろりそろりと膝から下までは何とかなるが、尻を浸ける段になると、どぅわ!と意味不明の叫び声をあげて、毎度毎度、浴槽を飛び出すことになる。尻のあたりがとくに敏感なのだ。猫舌ならぬ猫尻である。

繊細な尻をもつ私には信じられないことに、43度とかそれ以上を好むあつ湯好きという人種がいて、こちらが入れないほどの湯でもまだぬるい、と不満げである。こういう輩が気持ちよさそうに入っているときは、心のなかで「煮えてしまえ」と呪いをかけるが、まったく効果はない。タンパク質が変性してローストビーフとか温泉卵みたいにならないかと密かに期待するが、多少赤くなる程度で、やつらは鼻歌などうたいながらご機嫌である。

というわけで、この週末に行った温泉でも、名物らしき「星空の見える露天風呂」には熱すぎて入ることができず、悔しいので湯に入らずに星を眺めていたら、風邪をひきました。

でも伊豆はもうすっかり春。

1 気象庁による。
2 国土面積は世界の0.28%しかないからいかに火山が集中しているかわかる。
3 孫引きであるが、有馬温泉の「湯文」(温泉湯治養生記)には、ぬる湯がよいとある。『湯はぬるきを本とす、あつければ熱をこる也、身熱すれば風を引、却て寒のもとひなり、』

Key West 旅行記 3 – ゼロマイル地点とSouthernmost Point

アメリカの国道1号線(US Route 1)は、東海岸を南北に貫く最も長い国道で、およそ3,850キロに及び、マイアミ、ワシントンDC、ニューヨーク、ボストンといった東海岸の主要都市を結ぶ大動脈である。ちなみに、北海道稚内から鹿児島市までクルマで走ると2,700キロ前後だから、それより1,000キロも長いわけだ。アメリカは広い。この1号線の南端がキーウエスト市内にある1)。繁華街から外れた、何の変哲もない街中の一角に標識が建っている。北向きには「BEGIN」、南向きには「END」の標識。日本だと道の駅でもつくって物販に励みそうなものだが、こちらはあっさりしたもので、END OF THE ROADという名のこじんまりしたお土産屋さんがあるきりだ。

キーウエストにはもうひとつ「端っこ」記念のモニュメントがある。アメリカ本土2)最南端を示す、Southernmost Pointだ。South Street と Whitehead Streetが交差する海際に、コンクリート製のブイがある3)。このブイは比較的新しくて、1983年に観光目的で建てられたものらしい。実は、近くにあるフォート・ザカリー・テイラー・ヒストリック州立公園(Fort Zachary Taylor Historic State Park)のビーチが、このブイより150メートルほど更に南だったりするが、そのあたりはまぁいいじゃないの、ということで、南国らしくおおらかでよろしい。ブイには、ここからキューバまで90マイル、とある。

1 北端はカナダ国境の町メイン州フォートケント(Fort Kent)。
2 本土というか、キーウエストも島なので、本土から橋などが架かっていて、陸続きで行ける場所の中で、という意味ですね。
3 ブイの写真はここに載せられるものがないので、こちらをどうぞ。

ホバート旅行記 8 ブルーニー島

ブルーニー島(Bruny Island)は、タスマニア島の南端近くにある小さな島。橋はかかっていないので、フェリーで渡る。ホバート市内からはA6、B68を辿って30分ほどのケタリング(Kettering)という小さな町まで行き、そこから島に渡るフェリーに乗る。おおよそ1時間に一本、所要時間は30分かからないくらい。フェリーに乗り込むクルマの列に並んでしばらく待っていると、積み込みがはじまり、スロープを上がって所定の位置に停め、そのままクルマの中で対岸に到着するのを待つ。クルマから降りてくつろぐスペースなどはない。実にシンプル。

対岸につくと、B66と名前の変わった州道をずんずん走っていく。タスマニア島自体、自然豊かなのんびりした島だが、ブルーニー島はそれに輪をかけて自然が豊富だ。道路沿いにも、人工物はほとんど現れず、手付かずの自然か牧場が延々と続く1)

フェリーを降りて10分か15分、グレート湾(Great Bay)に沿って走り始めたら、ブルーニーアイランド・チーズカンパニーの看板が出て来るはずだ。ここでは手作りのチーズとビールを楽しむことができる。ここはNick Haddowという人が2001年に始めたチーズ工房で、牛乳を原料にフレッシュ、ソフト、ハード、ウォッシュ2)等、さまざまな種類のチーズを古くからのやり方を厳格に守りつつ作っているらしい。「発酵」を共通のテーマに、ビール醸造とパンづくりにも熱心だ。チーズ、ビール、パンともに、イートインもやっていて、新鮮なチーズを薪窯で焼いた出来たてのパンに乗せてビールで食べる、なんて素敵なこともできる。

Bruny Island Cheese Eat-In
焼きたてのパンと新鮮チーズ

チーズとパンでちょっとした腹ごしらえをしたら、更に先に進む。ブルーニー島は北島と南島からなっていて、そのふたつがThe Neckと呼ばれる細い糸のような地峡でつながっている。そこに遊歩道やキャンプ場があり眺めが良いらしいのだが、残念ながら工事中で閉鎖されていたので、泣く泣く通過。南島に入ると、高い木々3)がうっそうと茂る森が増え、道も舗装されていない区間が現れる。30分ばかり走って、原野の中、先行きが若干不安になってきた頃に、C629にぶつかるT字路に差しかかる。左に行くと、サウスブルーニー国立公園(South Bruney National Park)やクラウディ・ベイ・ビーチ(Cloudy Bay Beach)、右に行けばブルーニー島灯台(Bruny Island Lighthouse)に続くライトハウス・ロード。どうせなら島の突端まで行きたいよね、ということでライトハウスロードで灯台を目指す。

Dirt road in Bruny Island
ここはまだ道幅がずいぶん広い方

道はますます細くなり、くねくねと蛇行し、ぬかるみ、あるときは人の家の裏庭に入り込んだかというような場所を通過する。その裏庭然としたところにワラビー(小型のカンガルー)が5、6匹固まって、こっちを訝しげに見てたりする。自然豊かな、と言えばその通りなのだが、森のなかで視界が効かないのと、野生動物が飛び出してきそうな雰囲気が濃厚で、運転に集中せざるを得ず、周りをゆっくり見る余裕がない。

T字路から30分ほどで急に視界が大きく開け、灯台が見えてくる。小さな駐車場から見上げると、一本道が続く先に、童話か古い物語に出てきそうな風情の、白い灯台が建っている。駐車場の側には、灯台守、というのか管理者というのか、その人達のための小さな家が2棟、灯台の歴史を展示する棟がひとつ。周囲には野生の小さなうさぎがあちらこちらで跳ねる。ここまで来る人はあまり多くないのか、実にのんびりした風景だった。

Bruny Island Lighthouse
岬に灯台が見える

1 ブルーニー島の人々はタスマニア島を「main land」と呼ぶが、タスマニア島の人が「main land」と言うときにはオーストラリア本土を指すらしい。
2 この旅行記5 (蒸留所めぐり – Sullivans Cove)で触れた本「Kudelka and First Dog’s Spiritual Journey」によると、タスマニアウィスキーの「父」Bill Larkをイメージしてウィスキーでウォッシュして作った「Jack’s Dad」というチーズもあるようだが、僕らが訪ねたときには置いていなかった。JackというのはBill Larkの息子の名前だそうだ。
3 ユーカリの木が多い。山火事の跡らしき燃え殻もあちらこちらにある。

ホバート旅行記 7 ワイングラスベイ

ワイングラスベイ(Wineglass Bay)は、ホバートから北におよそ200キロのフレシネ半島(Freycinet Peninsula)・フレシネ国立公園の大自然の中にある1)。緩やかに湾曲した美しい砂浜が、言われてみればワイングラスの曲線に似ている。ここに直接クルマで乗り入れることは出来ないため、山を越えた北側の駐車場にクルマを置き、ワイングラスベイ・トラックという遊歩道を歩いて湾に向かう。途中、ワイングラス・ルックアウトという見晴台までが3キロ、往復1時間から1時間半の道のり、その先を進んで湾にあるビーチまで行けば、トータル6キロ、2時間半から3時間といったところ。

wineglass bay trail
トレイル(遊歩道)の案内板。

日没までの時間と体力を鑑み2)、とりあえずワイングラス・ルックアウトまで行ってみることにする。ルックアウトは標高230メートル。230メートルと聞くと、たぶん少なからずの人は、はは、大したことねぇな、楽勝、と思うだろう。そう、僕も思った。230メートルと言うのは、高尾山の半分、東京のビルで言えば、六本木ヒルズの高さに相当する。で、水も持たずに気楽に歩き出したわけだ。でも、普段運動をしないおっさんにはそれほどイージーでもないし、水くらいは持ってくるべきだったと思い知らされることになる。さて、ここで問題。直角三角形の斜辺が1500メートル 高さが230メートル、角度θは何度でしょうか。

答えは8.8度3)。これを道路標識によくある「%表示」に直すとおよそ15%。斜度15%の坂道って、ロードバイクなら「激坂」って言う人もいるレベル。100メートル進むと15メートル上がる。これを1,500メートルずっと歩くわけですよ4)。何にせよ、問題は勾配であって、絶対的な高さではなかったのだね。これだから素人は困る、って言ってももう遅い。最初こそ余裕を見せていたものの、だんだん息が切れ、そのうち隙きあらば道端の巨岩やベンチにへたり込む始末。それでも何とか40分ほどかけて見晴台までたどり着いたところ、そこからの風景は、なるほど来た甲斐があったというものだ。オーストラリア政府観光局のウェブサイトによると、4日間のガイド付きウォークツアーや、クルーズ、フィッシングなどいろいろ楽しめるようだ。次回はぜひもっと時間をとって来ることにしよう。

wineglass bay lookout
ワイングラスベイの美しい湾曲がよく見える。

1 タスマン・ハイウェイ(A3)でおよそ2時間半のドライブ。
2 野生動物が活発になる日没後に国立公園内をヘッドライトの灯りだけで走るのはできれば避けたかった。
3 直角三角形なら底辺、高さ、斜辺、角度のうち2つがわかれば残りは算出できる。このサイトのおかげですぐに答えが出る。
4 まぁ、トレイルは蛇行していて、ずっと直線的に昇っていくわけではないけれども。

Key West 旅行記 2 – 海上ハイウェイとセブンマイルブリッジ

seven mile bridgeマナティ湾を過ぎると1号線はキー・ラーゴ(Key Largo)に接続する。ここからフロリダ・キーズの島々を結ぶおよそ180キロが海上ハイウェイ(Overseas Highway)だ。もともとは鉄道が走っていたが、1935年のハリケーンで破壊されて廃線となったあと、用地と残った橋がフロリダ州に売却された。1940年代から旧道路からの付け替え、拡幅、現代的な橋へ架け替える工事などを経て1980年代にほぼ現在の姿になった。

ところでフロリダ・キーズ(Florida Keys)の keysは「島」を意味しているが、もともとは「小さな島」を表すスペイン語 cayo から転じた1)。島が「鍵」みたいに見えた、みたいな言い伝えがあるわけではなさそうである。島と島の間では海の上にハイウェイが伸び視界がぱっと開ける。大きめの島に入ると海は見えなくなり、両側にはスーパーやガソリンスタンド、レストランやマリンスポーツの店が点々と並び、どちらかと言えば退屈な風景がしばらく続く。それを交互に繰り返しつつ、クルマは順調に進む。

seven mile bridge
青い海と空を分けるようにまっすぐに橋が伸びる

海上ハイウェイのハイライトとも言えるセブンマイルブリッジは、ナイツ・キー(Knight’s Key)とリトル・ダック・キー(Little Duck Key)を結ぶ6.79マイル(10.93キロ)の橋だ。キー・ラーゴで海上ハイウェイに入ってから約60マイル、マラソン市(Marathon)を抜けたところに現れる。ゆりやかな上りと下りが連続し、真っ直ぐに海の彼方に伸びてゆく橋、左右は見渡す限りの海。噂に違わぬ絶景だ。もし可能ならオープンカーで幌を全開にして走りたい2)。世代によっては、鈴木英人やわたせせいぞうのイラスト3)をイメージするかもしれない。橋の終わりに、駐車場と公園があって、今走ってきた橋をクルマを降りてゆっくりと眺めることができる。

 

1 アメリカ人にとってもKeyが島を表すのは、耳慣れない用法のようである。どこかの質問サイトに「なぜFlorida Isles と言わないのか」という質問があった。
2 残念ながら僕はルーフも開かないミニバンだった。
3 二人ともフロリダをテーマにしたイラストはあるようだが、セブンマイルブリッジそのものを描いたものがあるかどうかは知らない。

Key West 旅行記 1 – Key Westへ

Sunset beach

2017年5月。オハイオ州にいる弟ファミリーを訪ねる用事があり、ついでに、フロリダまで足を伸ばしてみようと思いたった。地図を眺めてみると、フロリダ州は、アメリカを長方形とすれば右下の隅に位置する大きな半島で先端はキューバに近い。その半島の先に、抜き忘れた毛のように西に向かって小さな島々がひょろりと連なっている、その先端がキーウエスト。アメリカ本土最南端だ。キーウエストといえば、海の上をまっすぐ伸びていくハイウェイ、アメリカ最南端、常夏のマリンリゾート、ヘミングウェイ、といったキーワードが浮かぶ。5月末という時期も本格的な夏を迎える前でちょうどよさそうだ。うん、行ってみよう。

オーランドで数日過ごした後、キーウエストに向けてクルマで出発。予定走行距離620キロ。東京から西に向かえば岡山の手前、北に向かえば八戸の手前くらい距離だ。むむむ、そう考えると遠いな。それに海の上のハイウェイを走るのだから、景色を楽しめる時間に通過せねばならぬ。暗くなってから、みてごらんいま海の上だよー、と言っても冷たい沈黙が車内を支配するであろう。急ごう、急ごう。というわけでオーランドを早朝に発って一路南へ、フロリダターンパイクをひたすら南下する。フロリダターンパイクはマイアミ近郊とフロリダ州中央部および南部をつなぐ大動脈。道幅も広く快適なドライブを楽しめる。

途中、PGA本部1)のあるパームビーチガーデンズ(Palm Beach Gardens)を右手に見ながら進み、デルレイビーチ(Delray Beach)方面の看板を通り過ぎる。2007年に、当時18歳、ランキング244位の錦織圭が、アメリカプロツアーにおける衝撃的な初優勝を飾った場所だ。高級避寒地フォートローダーデール近郊をすぎると、道はマイアミ市内を避けるようにゆるやかに西に進路をとり更に南下する。お昼を過ぎたので、一般道に降りてマイアミ国際大学そばの中華料理屋でランチ。この大学も、アメリカの大学がほとんどそうであるように、キャンパスが広大で気持ちが良い。調べてみたところ、俳優のアンディ・ガルシアが卒業生だそうだ。彼もこの中華料理屋で大盛り天津丼を食べただろうか2)

ホームステッド(Homestead)という町のはずれで道はインターステート1号線と合流。間もなくマイアミ半島を離れ、いよいよフロリダ・キーズ(Florida Keys)とよばれる小さな島々をつなぐ海上ハイウェイに入る。この1号線の最果てがキーウエストだ。

1 ゴルフをする人にはおなじみ。
2 たぶん食べてない。

ホバート旅行記 6 ボノロング野生動物保護施設

Bonorong Wildlife Sanctuary

タスマニアと言えばもちろんタスマニアデビル。この恐ろしげな名前の動物を見ずにタスマニアに行ってきましたとは言えぬ。写真を見ると、小型犬くらいの、真っ黒い、クマのような風貌の、やや恐ろしげな雰囲気の動物である。タスマニアの固有種とはいえ、タスマニアに行けば、どこでも見られる、というわけではない。タスマニアデビルは絶滅危惧種に指定されており野生の個体数は急速に減少している。夜行性で、死んだ動物の肉を食べる習性があるため1)、クルマに轢かれて死んだワラビーなどの動物を食べようと道路に出てきて、自分も轢かれてしまうという事故が多いらしい。また、20年ほど前から、デビル顔面腫瘍性疾患(Devil Facial Tumour Disease, DFTD)という伝染性の癌が急速に広がっていて、個体数の減少に拍車をかけている2)

ボノロング野生動物保護施設は、動物園ではない。タスマニアデビルをはじめ、ウォンバット、ハリモグラなどタスマニア、オーストラリアの固有種(おおくは有袋類)を救助、保護、リハビリ、そして可能な限り野生に帰すプログラムを行う保護施設だ。自由に施設内を見学できるほか、職員による説明付きツアーなどもある。ここには十数匹のタスマニアデビルが保護されていて、タイミングによっては間近で見ることができる。

餌につられて出てきた

ちょうど餌やりのタイミングにぶつかったようで、職員の女性が餌を入れたバケツを持って区画に入ると、横穴からにゅっと黒い動物が現れた。餌につられて穴の外に出てくるけれど、肉片をくわえてすぐに穴の中に戻ろうとする。夜行性なので昼間はあまり外に出たくないのかもしれない。気まぐれにあちこち動き回ると、まもなく穴に戻っていった。デビルの年齢や、健康状態に応じて、いくつか区画わけがされていて、それぞれに何頭かのデビルがいるようだ。

ダンボールが大好き

デビル以上に見学者に人気だったのはウォンバット。コアラをずんぐりの樽型にしてふかふかの毛皮をかぶせて木の上から地上におろしたような、なんともかわいらしい姿3)。人間に撫でられたり抱っこされるのがどういうわけか大好きのようだ4)。フォレスターカンガルーは園内いたるところにいて、餌やりができる(というより餌をもっているとぬ~っと向こうから寄ってくる)。100歳を越えたオウムや、ヘビ、ハリモグラも見ることができるので、動物好きなら、半日くらいは時間をとってぜひ訪ねたい施設である。

1 この屍肉を食べる習性とその鳴き声からデビルの名がついたとも言われている
2 2016年8月31日付けAFP記事によると、タスマニアデビルは、非常に急速な遺伝子進化を通して絶滅の危機から立ち直りつつあるとみられるとの驚くべき研究結果が30日、発表された、とある
3 コアラに一番近い親戚らしい
4 この施設ではないが、撫でてもらえなくて鬱になったウォンバットが話題になったこともある

ホバート旅行記 5 蒸留所めぐり – Sullivans Cove

 Sullivans Coveはホバート空港からほど近いケンブリッジという街にある。ホバート市街からは、タスマンハイウェイ(A3)で空港方面に走って20分くらい。この蒸留所のフレンチオーク樽熟成のウィスキーが2014年AAWのモルトウィスキー最高賞を受賞した。ここでは朝10時から夕方4時までの間、蒸留所見学ができる。

Sullivan's Cove タスマンハイウェイをB31出口で出て、ケンブリッジロードをハイウェイ沿いに少し戻るように走ると左手に看板が見えてくる。ラークに比べれば大きいとはいえ、それでも小さな蒸留所だ。ビル・ラークが何かのインタビューで、蒸留所見学に来る人は、森と清流の中にあるロマンチックな蒸留所をイメージして来る人が多いけれど、タスマニアの蒸留所はどちらかというとみんなただの工場(こうば)みたいなとこだよ、と笑っていたが、まさにそのとおりの場所である。

  見学は樽の違いを体験する飲み比べも含めて1時間くらい。ビル・ラークによるタスマニアウィスキーの再興から、現在の状況、タスマニア産モルトからウォッシュ(Wash)1)を作り、それをこの蒸留所で二度蒸留後、樽詰めして寝かせ、ボトル詰めするまで、若くてハンサムな従業員が丁寧に説明してくれる。タスマニアウィスキーが世界から認められ、注目されることに対する誇りや仕事への熱意が端々に感じられる。一体に、酒造りの現場の人たちというのは、自分達の仕事に対する愛や熱量が大きな人が多いイメージがあるが、ここもまさにその例に漏れない。僕らに説明をしてくれた彼も、自分が高校のころに仕込まれたウィスキーをいま自分たちが世に送り出してることがすごく嬉しいんだ、と話していた。

 Sullivans Coveでは、当初、小さな樽を使って寝かせ(エイジングし)ていたそうだ。小さな樽のほうがウィスキーが樽に触れる面積の割合が高く熟成が早いことと、資金繰りのため樽単位で事前に販売していた2)のがその理由。今ではビジネスも安定し、大きな樽でのエイジングに切り替えたため、小さな樽では作っていない。出荷前の最後のプロセスである瓶詰めは今でも手作業。瓶詰めの担当者がひとつひとつ楽しそうにラベルを貼っていた姿が印象に残っている。

Sullivans Cove Potstill
ポットスチル(蒸留釜)と熟成樽
一番左はHobert No. 4というジン

 ダブルカスク、フレンチオーク、アメリカンオークの三種類を作っている3)。フレンチオークはポート樽、アメリカンオークはバーボン樽をつかってエイジング。ダブルカスクはその2つをブレンドしたもの。ラークでもそうだったように、どれもピートの煙っぽさはほとんど感じない。マイルドで優しく、同時に複雑さも深さも備えたウィスキーである。迷った末、フレンチオークを購入。結構お値段は張るものの、やはりいちばん美味しかったのだ。ついでにウィスキーロールという革製のボトルケースも購入。ボトルとウィスキーグラスが4つ入る。

 ロビーで面白い本を見つけた。「Kudelka and First Dog’s Spiritual Journey」。オーストラリアの風刺(政治)コミック作家のJon KudelkaとFirst Dog on the Moonの二人が、電動自転車でタスマニアのウィスキー蒸留所をめぐった道中記だ。コミックと文章が半々くらい。Kudelkaはタスマニア出身で、彼のほとばしる郷土愛4)に、First Dogが皮肉をいれる内容がなんとも面白い。クラウドファンディングで発行されたのも興味深い。Amazon等では取扱がないが、Kudelka本人のサイトから購入できる。

 

1 水と麦芽糖と酵素からできた甘い麦汁(ウォート)にイーストを加えて発酵させたもの。ビールの親戚のようなものとも言える。
2 出荷時に蒸留所で買い戻したりもしていた。
3 もうひとつSpecial Caskというのもあるが、一般には買えない。詳しくはウェブサイト参照。
4 ローカルすぎてよくわからないネタも多い。

ホバート旅行記 4 蒸留所めぐり – Lark Distillery

Lark Distillery Barrel

 タスマニアのウィスキーづくりはビル・ラーク(Bill Lark)から始まった。測量技師だった彼は、ある日マス釣りをしながらこう思う「タスマニアにはいい水があって、大麦があって、ピート(泥炭)があって、冷涼な気候がある。なんで誰もウィスキー作ってないんだろう?」そこで中古のポットスチル(蒸留釜)を買って、さてちょっくら作ってみるか、となったとき法律の壁にぶつかった。オーストラリアには1901年に採択された古い法律があり、そこで定められた蒸留量の下限が大きすぎて、事実上小規模生産が不可能だったのだ。彼は地元の議員にはたらきかけて、法律を改正することに成功し、92年に正式に蒸留所として認可される。ここにタスマニアのウィスキー作りの新たな歴史がスタートすることになる。

 彼の蒸留所Lark DistilleryのCellar & Barがホバート市内にある。(蒸留所もすぐ裏手にあるらしいが、現在は見学を中止しているようだ。)もしニッカの余市蒸留所や、サントリーの白州蒸留所などを見学したことがあるなら、そのイメージは一旦脇に置いておこう。ここは小さな蒸留所。大きさで言えば、余市で見学が始まる前に時間待ちする待合室くらいの大きさに全てが入ってしまいそうだ。それくらい本当にこじんまりした手作り感溢れる施設なのである。 

 

 ここ数年のウィスキーブームで小規模生産の蒸留所ばかりのタスマニア・ウィスキーは在庫がすっかり払底状態1)。このCellar & Barでもポケットサイズのボトルが1種類購入できるだけだったが、バーカウンターでは、年度違いやカスク違いをいくつか飲み比べることができる。英連邦としてのスコットランドとのつながりや、地元でピートがとれることから、ピートの効いた(煙っぽい)アイラっぽいテイスト2)かな、と思っていたら全く違った。ピートっぽさは全くない、クセの少ない優しい香りと味わいのウィスキーなのだった。

1 大規模生産者であるニッカでさえ、ウィスキーブームで需要があまりに高まり、余市、竹鶴などの原酒が払底するくらいなので、タスマニア・ウィスキーが手にはいらないのもむべなるかな、である。
2 大麦を乾燥させる過程で熱源に泥炭を使うと、その匂いがウィスキーに移る。煙い感じの独特なニオイで最初はぎょっとするが、慣れるとこれがないと物足りなくなる。スコットランドのアイラ島周辺で生産されるウィスキーはこのピート臭が強いものが多い。日本だとニッカの「余市」が比較的強い。

ホバート旅行記 3 グランド・ビュー・ホテル

ホテル外観

 グランド・ビュー・ホテル(Grande Vue Private Hotel)は1906年に建てられたクィーン・アン様式の屋敷をリノベーションした小さなアパートメントホテルだ。クルマはホテルの前に路上駐車する。(駐車許可証をホテルが用意してくれる。)アンティークなドアをぎいと開けると廊下左手に暖炉を備えた居心地の良さそうなラウンジ。廊下右奥にあるフロント代わりの小さなカウンターでジョンさんが出迎えてくれる。ジョンさんは品の良いイギリス老紳士といった趣で、このホテルのオーナーだ。部屋は階段を昇った2階の奥の3号室。エレベータはないので、大きなスーツケースをよっこらしょと抱えて運び上げる

 ドアをあけた瞬間、部屋の窓いっぱいにホバートの港と大きく広がるサンディー湾が広がっている。湾にはヨットがあちこちに浮かんで、穏やかな波に揺れている。海のように見えるが、ここはまだ海ではなく、タスマニアの東側を南に向かってながれるダーウェント川 (River Derwent) の河口に近い場所で、ここからさらに数キロ流れてブルーニー島の北側で海に注ぐ。

グランドビューホテル
窓いっぱいにサンディー湾が広がる

 室内は青灰色の壁にアンティークのカーテン、クローゼット、ベッド。色ガラスの嵌った窓や建具もおそらく建設当時のものなのだろう。とても温かな雰囲気だ。シャワー、トイレ、ミニキッチンは新しいものが使われている。

マフィン
4時になるとできたてのマフィンが届く

毎夕4時になるとジョンさんの奥さん、アネットさんが手作りする、できたての香ばしいマフィンが部屋に届けられる。普段あまりマフィンって食べないのだが、夕方を心待ちにするくらい美味しかった。