Kombucha

Kombuchaは、その音から我々が即座に頭に思い浮かべるところの昆布茶ではない。アメリカで人気の健康飲料のことで、その正体はいわゆる「紅茶キノコ」だそうだ。

「紅茶キノコ」というのは、紅茶(または緑茶)にゲル状になった酢酸菌や酵母のかたまりを入れて発酵させたものらしい。今50歳代より上の人は、子供の頃に「紅茶キノコ」というのものを見聞きしたことがたぶんあるはずだ。僕も、梅酒をつけるような広口の瓶の中に、どろどろとした怪しげな塊の浮かんだ赤い液体が入っている様子を見た記憶がある。体に良いという触れ込みで近所の人が作っていて、飲みなさいと勧められたのだが、そのときは全力で逃げた。

もちろん当時はその正体など知る由もなかったが、まぁ要は発酵飲料である。いわゆる腸内細菌叢の多様化というか、バランスを取るのに何らかの寄与をするのかもしれないが、なにせ見た目がとても人間の飲んで良いものには見えない。おおかたの健康食品の例に漏れず1、2年の一過性ブームに終わり、今日に至るまで日本では復活の兆しはない。

アメリカではここ5、6年人気だというが、僕は去年になって初めて遭遇した。シリコンバレーにある仕事先の会社の冷蔵庫に、缶入りのKonbuchaが入っていたのだ。「Asian Pear & Ginger Kombucha」という文字が爽やかな緑色でプリントしてあるので、てっきり清涼飲料的にアメリカンにアレンジされた昆布茶なのだと勘違いしてグビリと飲んだところ、鼻から吹き出しそうになった。端的に言ってたいへん不味い。こんなものをほんとうにアメリカ人が飲んでいるのだろうか?でも、ホールフーズの店舗に「Konbucha On Tap」などというコーナーがあるということは、グビグビと飲んでいる人が少なからずいるということであろうなぁ。

ジ・アッタ・テラス(沖縄)

8月の終わりに沖縄に行ってきた。ずいぶん久しぶりの沖縄だ。たぶん震災の年以来だろう。今回泊まったのはジ・アッタテラス・クラブタワーズ。沖縄に展開するテラスホテルズでは、ザ・ブセナテラスが有名だが、それに比べるとずいぶんこじんまりとした、静かな大人向けのホテルである。東西に伸びる沖縄本島の真ん中北側のあたり、恩納村の森に囲まれた丘の上に建っている。ゴルフ場を併設していて、雰囲気やしつらえが大人向けというだけでなく、16歳以上じゃないと宿泊できない文字通り「大人の」ホテルである。

那覇空港からはレンタカーで約1時間。フロントのある建物に入るとすぐにプール、そしてその向こうに海が見渡せる。海側の端から水が流れ落ちて境界線を意識させない「インフィニティプール」のつくりになっていて、森を越えた先に見える海にそのままつながっているように見える。海と空が青々と輝く朝と、夕日に赤く染まる日暮れ時はとくに見事だ。

宿泊棟はリゾートマンション風のつくりのクラブタワーで、プールから急な坂道を下ったところに二棟並んで建っている、。全室がスイート形式で、部屋も広々としてゆっくりとくつろげる。オーシャンビューの部屋ならベランダから森の向こうに広がる岬と海の雄大な景色を楽しめる。敷地内にはホテルで使われる食材を無農薬で栽培する自家農園や森をうまく利用した高低差のある広々とした庭園も眼下に見える。ホテルが高台に位置しているため、敷地内にビーチはないが、森を抜けた先にはビーチとビーチクラブがあり、電気自動車で送迎してくれるという1)

季節のせいか、蝶が多い。手のひらくらいの大きな黒いアゲハチョウが、亜熱帯の花の周りをひらひらと舞っている。プールも館内もとにかく静かだ。森の中から聞こえるセミらしき虫の合唱と、ときおり軽やかに響く鳥の鳴き声以外にはほとんど物音がしない。芭蕉がもし来ていたら、きっとここでも「静かさや…」と一句詠んだに違いない。それにしても、子供がいないというのがこれほど静かなものなのかと驚く。「大人の隠れ家」という触れ込みは決してダテではなかった。四日間の滞在中に一度、ブセナテラスのビーチとプールに遊びに行ったが、そこらじゅうで子供の甲高い声と親の大声がわんわんと響いていて、アッタテラスに比べると、幼稚園の真っ只中に放り込まれたかのようだった。(もちろん活気という点で子供が楽しそうにしているのを眺めるのも決して悪くはないのだが。)

これだけ静かだと、日頃の忙しない生活からくるストレスを解消するにはたいへんよろしい。とくにひとりで時間をすごすことが苦にならないタイプの人に向いている。昼はプールで体を冷やしつつプールサイドでのんびり読書と昼寝、夜はバーでテラスホテルズが自前で造っているクラフトビールなど飲みつつ、夜空の満点の星空を見上げて宇宙の彼方に思いを馳せる、などしているうち、あっというまに時間が経つ。スパのマッサージも高品質でオススメだし、ゴルフをする人はもちろんラウンドするのも楽しみつつ、4、5泊するのも良いのではないか。ただし、連泊するならレンタカーは必須。ホテルにはレストランがひとつしかなく2)、歩いていける範囲にも何もないので、庶民派(沖縄)料理店に行く場合にはクルマで15分から20分ほどの名護近辺まで出る必要がある。

1 ただし、遊泳はできないそうだ。海に入れるビーチで遊びたい場合には、ブセナテラスのプライベートビーチを利用できる。無料送迎バスで20分くらい。
2 併設のゴルフクラブ内にあと2つあるが。

古河花火大会2019

昨年に引き続き、今年も古河の恒例花火大会を見に行ってきた。父の住む部屋はマンションの最上階でベランダが渡良瀬遊水地のほうを向いており、天空にいっぱいに開く花火を見る特等席である。今年は8月3日の土曜日に、3尺玉2発を含む約2万200発が打ち上げられた。全国でも最大規模の花火大会のひとつだ。

花火の世界も新しい技術や技法が日々生み出されているようで、去年とはまた違った色合いと輝き、複雑な動きのある新しい花火が、定番のスターマインなどとともに盛大に打ち上げられた。気象条件もあると思うが、今年は青の発色がひときわ鮮やかだったように思う。写真だといかにもデジタル加工したように見えるが(実際、オリンパスの「ライブコンポジット」1)というデジタル技術を使ってはいるが)、目で見た印象をわりと忠実に再現できていると思う。

1 カメラはオリンパスOM-D E-M5 Mark II

台北のカフェ

東京にいると、美味しい珈琲とリラックスした時間を提供するカフェを見つけるのはさほど難しくない。珈琲・カフェ文化は近年ますます盛んになり、何十年と続く老舗から若い世代が開いたお店まで、困ってしまうほど選択肢は沢山ある。カフェ文化は東京だけでなく世界のいろいろな都市で、それぞれローカルな特色を形作りながら脈々と息づいており1)、それが世界の都市を旅する大きな楽しみのひとつにもなる。

台北ももちろん例外でなく、街を歩けばあちこちに素敵な佇まいのカフェを目にする。多くはハンドドリップで丁寧に入れた珈琲とお店で焼いたちょっとしたスイーツ類や軽食を提供している。焙煎機を備え自分で豆をローストするお店も珍しくない。

先日台北を訪れたときに、散歩中の暑さしのぎも兼ねて目についた良さそうなカフェにいくつか入ってみた。どのお店も深煎りから浅いものまでいくつかの豆のセレクションがあり、ハンドドリップで入れてくれた珈琲や、水出しのアイスコーヒーは外れなく美味しかった。むふふ、吾輩のカフェを見極める目も肥えてきたものだ、とひとりごちたものだが、どうやら台北のカフェは平均的にレベルが高く、どこに入ってもそれなりに美味しいのであって、当方の鑑定眼はあまり関係がなかったようである。

台北のカフェの面白い特徴のひとつは、一人分の珈琲であっても、小さなポットとデミタスサイズの小さなカップを一緒に出してくれることである。これはまさに、茶藝館で中国茶を楽しむ時と同じだ。珈琲は、お茶のように急須で何煎かするうち香りや味が変わってくるわけではないけれど、落ち着いてゆっくり楽しむ、というときには、このほうが気分的に座りがいいのだろう。喫茶店と聞くと、当たり前のように珈琲を飲むところ、と思っているが、そもそも茶を喫すると書くわけで、茶の作法が影響しても何らおかしなことはない。

誠品書店

台北には何度も足を運んでいるが、仕事のときはおおむね台北の新しいランドマーク、台北101ビル近辺にいる。新しいといっても竣工は2004年。101階建て、高さ509.2メートル。地球(あるいは台湾)の危機のときは、人類を乗せて脱出ロケットとして機能するように設計されている。と言っても信じてもらえるんではないかというくらい、ジェット噴射で宇宙まで飛んでいきそうなフォルムの巨大ビルである。このビルの建つエリアは、昔からの中心地である西門町や台北駅からは地下鉄でいえば駅3つか4つほど離れている。東京駅と、新宿副都心とか六本木ミッドタウンあたりの関係に相当すると言えばよいのか。道路の道幅は広く、新しい高層ビルやグローバルブランドのホテル、デパートなどが立ち並んでいる。

台湾の新光グループと三越が提携して運営している新光三越がどどんと4つも並んでいたり、日本の駅ビル「atre」初の海外店舗、Breeze 南山「atre」がモダンな外観でそびえていたりするので、日本人の目には違和感のない、というかある意味見慣れた感じすらあるエリアだ。そんな一角に誠品書店という大型書店を中心としたショッピングビルがあるのだが、ここが実に良い。

代官山の蔦屋書店ができたとき、ああこれが書店の理想形だ、と思ったものだ。棚の分類と書籍の品揃え、ディスプレイとライティング・採光、雑誌から書籍へ自然に誘導するような導線、文房具やモノと書籍の配置バランス、カフェ1)の位置と数、などなど。この蔦屋書店が参考にしたのが、台北の誠品書店だった、ということを知ったのは最近になってからのことだ。

初めてゆっくりと誠品書店を散策してみたのだが、なるほど蔦屋書店が参考にしたというのがよくわかる。というより、知らなければ無邪気にも「蔦屋書店みたい」という感想を抱くだろう。雑誌のコーナーでは、日本語の雑誌が台湾の雑誌と一緒にそのままディスプレイ・販売されている。日本の雑誌の中国語(台湾)版もあるが、ファッション誌やグルメ誌などは、日本語そのままでも売れるらしい。台湾版であっても、日本語のひらがなの「の」はそのままのひらがなとして表紙のデザインなどでは残されていたりする。「の」を残すことで日本っぽさやおしゃれさを表現できるそうだ。角川書店は台湾に台湾角川という子会社があるので、現地でもウォーカーシリーズなどを積極的に展開している。英語版の雑誌ももちろん多数。

文房具のフロアでは、文具好きにはたまらない感じで、様々な文房具、紙製品が魅力的にディスプレイされている。へぇ~こんなのあるんだねぇと思いつつ手にとってみると意外と日本のものだったりすることもある。ディスプレイや組み合わせの工夫で商品の魅力を最大限に見せているのが素晴らしい。

誠品書店は、台北市内にいくつかあるので(誠品生活、という名前でより総合的なライフスタイルショップの形態をとっているところもある)、時間をとってぜひゆっくりと眺めてみるとよい2)。本好き、文房具好きには、とても楽しい時間になること請け合いである。

1 「Anjin」というカフェでは雑誌のバックナンバーが驚くほど豊富に備えられていて、パラパラとめくっているうちにあっという間に時間が過ぎる。
2 今年の9月27日には「コレド室町テラス」に「誠品生活日本橋」として日本初出店する予定のようだ。

青田茶館

もう20年以上前だと思うが、台北を訪ねた時に、知り合いが「茶藝館」に連れて行ってくれた。日本で言えば古民家や由緒ある豊かな家といった風情の場所で、小さな茶器で淹れた台湾のお茶を、お茶請けの甘い小さなお菓子とともに、時間をかけて楽しむ。街の喧騒から離れ、静かでのんびりとした時間が流れ、中庭や棚に飾られた茶器や書を眺めながらほっとするひとときを過ごす。あれはなかなかいいものだったなぁ、と東京に戻ってからも何度か思い返したりしていた。

20年を経た今でも茶藝館は健在で、台北市内にも、新しいもの、古くからあるもの含めいくつもの茶藝館が開いている。そのうちのひとつ、青田街にある「青田茶館」を訪ねてみた。「青田茶館」は、日本統治時代(1920年代?)に建てられた古い日本式家屋を再生して、茶藝館として運営されている。隣接して「敦煌畫廊」というギャラリーがある。中庭のマンゴーの老木を眺めながら、ほのかに蜜のような香りがするというお茶を飲む。奥のテーブルに男性ばかり5、6人のグループ、隣のテーブルに日本人らしき女性二人連れが同じように茶を楽しんでいるが、広々としてテーブルの間隔も大きくとられているので、話し声もまったく気にならない。子供の頃、夏休みに田舎の祖父母のところに遊びに行き、心地よい風が通る古い家の縁側に腰を掛けて、冷たい麦茶を飲みながら、夏の日差しにそよぐ庭の古い木々を眺めている、そんな心地がする。いやいや、僕にはそんな祖父母はいないし、田舎の家もないのだが、どこかで見たような、古き良き夏の思い出みたいなものを、なぜか自然に思い浮かべるほどしっくりと心に馴染む空間だった。

青田茶館に立ち寄ったときには知らなかったのだが、青田街は、日本統治時代には「昭和町」と呼ばれ、南側に台北帝国大学(現在の国立台湾大学)、西側には台北高校(現在の国立台湾師範大学)があった場所で、台北帝大に招聘された日本人学生や教授などの住居として日本式の家屋が多く建てられ、それが今も残っているとのこと。風景がどこか懐かしく心に馴染むのも道理で、それで「おばあちゃんちの夏休み」みたいな景色を思い浮かべてしまったわけだ。

豆花(とうふぁ)

豆漿につづく大豆ネタ。台湾スイーツは、タピオカミルクティーを筆頭に日本でも大いに盛り上がりを見せているが、「豆花」も台湾では代表的なスイーツらしく、日本にも台湾の有名店が出店してきている。

豆花というのは、つまり、豆乳プリンのようなものである。ウィキペディアによれば、食用石膏(硫酸カルシウム)やかん水を入れて凝固・成形したものだそうだが、最近はよりぷるんぷるんの食感を求めて、凝固剤に工夫が凝らされているらしい。この豆花に、優しい甘さのシロップがかかっており、そこにやはりほのかに甘く茹でられた柔らかな小豆やピーナッツ、季節のフルーツ(マンゴーやいちご)を好みで乗せてもらって食べる。こうして書き記してみても、婦女子がグループでお互いのトッピングについて「美味しそうだね~」なんて言いながら楽しそうに食べてこそ似合うものであって、おっさんが黙々と食べて似合うものではない。しかしながら、大豆探究家としては、豆漿に続く台湾名物として試さないわけにはいかない。うむ、仕方がない。

というわけで古くからの問屋街である迪化街にある「夏樹甜品」に行ってみた1)。ここは「豆花」というよりは、杏仁豆腐・杏仁豆花の専門店らしい。杏仁の香りの豆花にほんのり甘いシロップがかかっていて、そこにいくつかトッピングを乗せる。豆花もシロップもたっぷりしているので、トッピング2)はすぐに沈んでしまうが、スプーンですくって口に運ぶ。よく日本の中華料理店で出てくる杏仁豆腐にくらべるとかなり控えめな「ほのかな」甘さのせいで杏仁が引き立っている。これなら食事代わりにも食べられそうだ。

「春水堂」は元祖タピオカミルクティーのお店。ウェブサイトによるとここにも豆花があるはずだ。松山空港の第1ターミナルビルの2階にあったはずなので、帰国便のチェックインをした後の待ち時間で食べてみようか、などと思っていたところ、お店が見当たらない。どうやらなくなってしまったらしい。「春水堂」はいまや日本にもある。心残りだったので帰国してから行ってみた。こちらは杏仁ではなく普通の豆花。「夏樹甜品」よりも少し甘みが強くよりデザート感がある。それでも「ほのか」と形容できる甘さで、男性でも難儀することはなくするすると食べられる。

1 あとでわかったことだが、中山の誠品生活(新光三越の隣)地下のフードコートにもあった。
2 ピーナツをやわらかく煮たトッピングは台北だとどこにでもあるが、日本でピーナツを柔らかく煮て食べる、というのはあまり聞かない。千葉の方には人知れずあるのだろうか。

台北の朝食

豆腐の味噌汁に、納豆、醤油とくれば日本の朝ごはん。よく見れば大豆ばかり。世界一大豆を食べているのは日本人だろうなぁとしみじみ食卓を見渡すが、これは正しくもあり、誤りでもある。たしかに、ひとりあたりの食用供給量(消費量)は日本が世界一なのだが、総供給量でみると世界一は、人口の差が歴然というべきか、中国である1)

というわけで、中華圏でも大豆を使った食品や料理は多く、それは台湾も例外ではない。豆漿(ドゥジャン)というのは、台湾ではポピュラーな朝食で、街のあちらこちらに豆漿を出すお店がある。これはつまり豆乳。あるいは豆乳が粥状に固まり始めたくらいの、おぼろ豆腐よりもちょっとゆるいくらいの感じのもの。

阜杭豆漿(フーハンドゥジャン)は、この豆漿の名物店。華山市場という商店ビルの二階、フードコートの一角にある。2018年、19年と二年連続で台湾版ミシュランガイドの「ビブグルマン」2)に選ばれている。朝5時半から昼くらいまで開いているが、朝食時には1時間以上ならぶこともザラという超人気店である。朝飯に1時間並ぶってあり得る?とか、そんなに並んでたらそれは昼飯になってしまうやん?とかいろいろと疑問は浮かぶが、何はともあれ行ってみた。

10時前という朝食にはやや遅い時間だったものの、ビルの壁に沿ってすでにズラリと人が並んでいる。観光客ばかりかと思いきや、地元の人たちも多数。テイクアウトで買っていく人も多く、回転が早いせいだろう、列は絶え間なく進み、30分かからないくらいで注文レジまでたどり着いた。レジのおばさんたちは中国語の通じない観光客も扱いなれていて、メニューの指差しと片言の日本語、英語など駆使しつつ、良く言えばてきぱきと、悪く言えば問答無用な感じで客をさばいていく。

鹹豆漿(鹹は塩味の意味)と厚餅夾蛋(中国パンのタマゴサンド)を注文。鹹豆漿は、味の形容が実に難しいが、ほんのりとやさしい塩味に小エビの出汁が効いて豆の旨味を引き出し、小さくちぎって入っている油絛(中国風揚げパン)の油気とコクが一体となってするすると喉を通過していく。厚餅夾蛋はいわば台湾風タマゴサンド。インドのナンのように窯の壁に貼り付けて焼いたパン生地には塩気とネギ風味がついていて、そこに挟まったふるふるとした卵焼きがいいバランス。適度にお腹がいっぱいになりつつ、もたれるという感じはなく、なるほど朝食にちょうどよい加減だった。

1 世界的に見ると大豆のほとんどは油、燃料、あるいは飼料として消費され、人間の食用として消費されるのは10%程度にすぎない。中国は食用だけでなく総消費量でも世界一である。
2 安価でコストパフォーマンスに優れたお店。日本だとおよそ5,000円以下。

ROSHANI

サーキュラー・キー(Circular Quay)をぶらぶらと散歩しながら写真を撮っていたら、ストリートミュージシャンの歌声が聞こえてきた。アコースティック・ギターにのせて、魂の震えがそのまま伝わってくるようなブルージーな歌声。思わず足を止めて聴き入ってしまった。声の主は小柄な女性で、アップにした髪に黒いサングラス、白地にプリント柄のふわりとしたワンピースが褐色の肌によく似合う。深く豊かな倍音を含んだ声は、落ち着いたトーンの中に哀切の情が溢れ、聴く者の心の奥までぐっと入り込んでくる。オーストラリアのミュージックシーンはよく知らないけれど、ブルーズ的な要素はほとんどないと勝手に思い込んでいたので、こんなにも「泥臭い」ブルーズを奏でるミュージシャンがストリートで歌っているのか、と驚いた。

何曲か聴いて、ブレイクタイムに本人からCDを二枚買った。名前はROSHANIというらしい。ホテルに戻って改めて聴いてみると、これがまぁ実に良い。どんなミュージシャンなんだろうと検索してみたところ、2015年のオーストラリア版 X-Factor(アマチュアのオーディション番組)に登場するや一夜にしてiTunesのブルーズチャートの一位を攫ったシンガーであった。生まれはスリランカ。生後6週間でオーストラリア人夫妻に養子に出され、以来オーストラリアで育った。X-Factorで注目された後、「60 Minutes」というドキュメンタリー番組の企画で、28歳にして初めて産みの母親をスリ・ランカに訪ねている。現在は、パートナーのミュージシャンとオーストラリアをクルマであちこち旅しながら歌っているようだ。こういう生き方もブルーズミュージシャンらしいし、こうして歌がますます魅力的になっていくのだろうな、と思う。ライブハウスのような小さな会場でじっくりと聴きたいミュージシャンだ。

2015年と16年に発売されたアルバム2枚がiTunes、Google Play Musicなどで見つかる。その後に発表した2枚については、本人のウェブサイトで購入できるようになっている。ロック・ブルーズ的なものが好きな人なら聴いて損はないと思います。

Quay West Suites Sydney

「シドニーらしい」眺望といえばやはりシドニー湾。そして望むらくはオペラハウスとハーバー・ブリッジの両方あるいはどちらかが見える部屋がいい、となるとロックス地区かサーキュラー・キー周辺のホテルを探すことになる。眺望が期待できるホテル、となると、シャングリラ、フォーシーズンズ、やや離れるがマリオットあたりが候補に上がる。といっても、シドニーのホテル料金はニューヨーク並といっていいほどに高騰していて、シャングリラ、フォーシーズンズのハーバービューの部屋だと一泊5万円前後、時期によってはそれ以上を覚悟せねばならない。

キー・ウェスト・スイーツ・シドニー(Quay West Suites Sydney)は、シャングリラとフォーシーズンズの間に地味に建っている高層ホテルだ。Accor Hotels という日本ではあまり展開していないホテルグループに属しているので、日本での知名度は高くない。名前の通り、部屋はキッチン付きのアパートメントタイプで、長期滞在型のホテルである。部屋ごとの単価はシャングリラ、フォーシーズンズより少し安いくらいだが、人数が増えるとおトク感がぐっとアップする。旅行も長くなると、外食ばかりでは飽きるしお金もかかるが、キッチンがあるだけで食事が美味しくかつ安上がりですみ、さらにはシドニーで生活しているような気分も楽しめる。近くのスーパーでオージービーフのでかいのを買ってきて自分で焼いて豪快に食べるといった楽しみを満喫できるのがよい。

さらに、このホテルの何よりの魅力は、窓の外に広がる息を呑むような素晴らしい眺望1)だ。眼下のサーキュラー・キーから右にオペラハウス、真ん中に豪華客船が停泊する国際旅客ターミナル、その奥にハーバー・ブリッジ。朝はハーバーの奥から朝日が昇り、夜は見事な夜景が展開する。シドニー港を大型客船が優雅に出入りし、水上バスが忙しく発着する様を眺めながら、読書するもよし、仕事するもよし、ビールを飲むもよし。リビングが広く、ベッドルームが別になっているせいもあって、部屋に一日いてもストレスを感じない。

1 もちろんハーバービューの部屋を予約する必要がある。