個人授業(フィンガー5)

よく行くラーメン屋ではいつも70年代から80年代の「懐かしの歌謡曲」が有線から流れている。子供の頃に親しんだ音楽は、早い段階で神経細胞に深く刻み込まれるようで、何年いや何十年ぶりに聴いた曲でも、スラスラと歌詞が浮かび一緒に歌えたりする。先日も冷やし中華を待っていたところ、フィンガー5の「個人授業」のイントロが流れ、気がつけば指でリズムをとりつつノリノリで聴き入ってしまった。

おそらく若い世代の人たちはもはやフィンガー5など知らないだろう。曲を知っていたとしても後年カバーされたバージョンの方ではないだろうか1)。フィンガー5は沖縄出身の男性4人、女性1人の5人兄妹からなるグループ。73年に発売された「個人授業」は、みるみるうちにミリオンヒットになり、その後リリースされた「恋のダイヤル6700」「学園天国」も立て続けにミリオンセラー、一躍トップアイドルの仲間入りを果たした。

グループ名でわかる通り、「ジャクソン・ファイブ」を強く意識した売り方で、シングル曲だけでなくアルバム収録曲も、当時の歌謡曲の中では、飛び抜けて垢抜けた洋楽的な雰囲気を強く漂わせていた。ヒット曲の多くは、作詞が阿久悠、作曲が井上忠夫または都倉俊一といった当時の売れっ子コンビによる作だが、アルバム収録曲の中には玉元一夫(長男)ほかメンバーのクレジットも散見される。おそらく、日本に返還される前の沖縄でアメリカのヒットチャートを聴いて育ったことが、垢抜けた音楽センスを身に着ける要因になったのではないか。本家で声変わり前のマイケル・ジャクソンが担っていたハイトーンのメインボーカルは、同じく声変わり前の玉元晃(四男)が、本家に負けないほど伸びのあるハイトーンで歌っていた。実際にアルバムには日本語詞によるジャクソン・ファイブの曲が収録されており、『I want you back』(「帰ってほしいの」)『I’ll Be There』(「愛はどこへ」)『Goin’ Back To Indiana』(「オキナワへ帰ろう」)などが原曲の雰囲気をそれほどこわさずにカバーされているのが面白い。

この時代、「和製~」と形容されることは、どちらかといえばポジティブなトーンを帯びていたように思う2)。ポップスやロックの分野では、洋楽の方が「格好いい」というコンセンサスが強くあったため、今に比べてもっと純粋なあこがれがあり、ヘンに自分たち独自のカラーを加えたりせず、リスペクトを込めたコピーに近い形で3)そのあこがれに近づこうとしていた。そのせいか、フィンガー5を40数年の時を経て今改めて聴き直してみても古臭さはほとんど感じることがなく、むしろ素朴でピュアなアプローチだった分、新鮮にさえ感じるというおもしろいパラドックスが起きている。

1 たとえば、小泉今日子がカバーした「学園天国」。まぁこのカバーバージョンも十分古いのだが。
2 「劣化版コピー」といったニュアンスはなかった。
3 柳ジョージとエリック・クラプトンの関係もこのニュアンスを感じる。

青田茶館

もう20年以上前だと思うが、台北を訪ねた時に、知り合いが「茶藝館」に連れて行ってくれた。日本で言えば古民家や由緒ある豊かな家といった風情の場所で、小さな茶器で淹れた台湾のお茶を、お茶請けの甘い小さなお菓子とともに、時間をかけて楽しむ。街の喧騒から離れ、静かでのんびりとした時間が流れ、中庭や棚に飾られた茶器や書を眺めながらほっとするひとときを過ごす。あれはなかなかいいものだったなぁ、と東京に戻ってからも何度か思い返したりしていた。

20年を経た今でも茶藝館は健在で、台北市内にも、新しいもの、古くからあるもの含めいくつもの茶藝館が開いている。そのうちのひとつ、青田街にある「青田茶館」を訪ねてみた。「青田茶館」は、日本統治時代(1920年代?)に建てられた古い日本式家屋を再生して、茶藝館として運営されている。隣接して「敦煌畫廊」というギャラリーがある。中庭のマンゴーの老木を眺めながら、ほのかに蜜のような香りがするというお茶を飲む。奥のテーブルに男性ばかり5、6人のグループ、隣のテーブルに日本人らしき女性二人連れが同じように茶を楽しんでいるが、広々としてテーブルの間隔も大きくとられているので、話し声もまったく気にならない。子供の頃、夏休みに田舎の祖父母のところに遊びに行き、心地よい風が通る古い家の縁側に腰を掛けて、冷たい麦茶を飲みながら、夏の日差しにそよぐ庭の古い木々を眺めている、そんな心地がする。いやいや、僕にはそんな祖父母はいないし、田舎の家もないのだが、どこかで見たような、古き良き夏の思い出みたいなものを、なぜか自然に思い浮かべるほどしっくりと心に馴染む空間だった。

青田茶館に立ち寄ったときには知らなかったのだが、青田街は、日本統治時代には「昭和町」と呼ばれ、南側に台北帝国大学(現在の国立台湾大学)、西側には台北高校(現在の国立台湾師範大学)があった場所で、台北帝大に招聘された日本人学生や教授などの住居として日本式の家屋が多く建てられ、それが今も残っているとのこと。風景がどこか懐かしく心に馴染むのも道理で、それで「おばあちゃんちの夏休み」みたいな景色を思い浮かべてしまったわけだ。

豆花(とうふぁ)

豆漿につづく大豆ネタ。台湾スイーツは、タピオカミルクティーを筆頭に日本でも大いに盛り上がりを見せているが、「豆花」も台湾では代表的なスイーツらしく、日本にも台湾の有名店が出店してきている。

豆花というのは、つまり、豆乳プリンのようなものである。ウィキペディアによれば、食用石膏(硫酸カルシウム)やかん水を入れて凝固・成形したものだそうだが、最近はよりぷるんぷるんの食感を求めて、凝固剤に工夫が凝らされているらしい。この豆花に、優しい甘さのシロップがかかっており、そこにやはりほのかに甘く茹でられた柔らかな小豆やピーナッツ、季節のフルーツ(マンゴーやいちご)を好みで乗せてもらって食べる。こうして書き記してみても、婦女子がグループでお互いのトッピングについて「美味しそうだね~」なんて言いながら楽しそうに食べてこそ似合うものであって、おっさんが黙々と食べて似合うものではない。しかしながら、大豆探究家としては、豆漿に続く台湾名物として試さないわけにはいかない。うむ、仕方がない。

というわけで古くからの問屋街である迪化街にある「夏樹甜品」に行ってみた1)。ここは「豆花」というよりは、杏仁豆腐・杏仁豆花の専門店らしい。杏仁の香りの豆花にほんのり甘いシロップがかかっていて、そこにいくつかトッピングを乗せる。豆花もシロップもたっぷりしているので、トッピング2)はすぐに沈んでしまうが、スプーンですくって口に運ぶ。よく日本の中華料理店で出てくる杏仁豆腐にくらべるとかなり控えめな「ほのかな」甘さのせいで杏仁が引き立っている。これなら食事代わりにも食べられそうだ。

「春水堂」は元祖タピオカミルクティーのお店。ウェブサイトによるとここにも豆花があるはずだ。松山空港の第1ターミナルビルの2階にあったはずなので、帰国便のチェックインをした後の待ち時間で食べてみようか、などと思っていたところ、お店が見当たらない。どうやらなくなってしまったらしい。「春水堂」はいまや日本にもある。心残りだったので帰国してから行ってみた。こちらは杏仁ではなく普通の豆花。「夏樹甜品」よりも少し甘みが強くよりデザート感がある。それでも「ほのか」と形容できる甘さで、男性でも難儀することはなくするすると食べられる。

1 あとでわかったことだが、中山の誠品生活(新光三越の隣)地下のフードコートにもあった。
2 ピーナツをやわらかく煮たトッピングは台北だとどこにでもあるが、日本でピーナツを柔らかく煮て食べる、というのはあまり聞かない。千葉の方には人知れずあるのだろうか。

台北の朝食

豆腐の味噌汁に、納豆、醤油とくれば日本の朝ごはん。よく見れば大豆ばかり。世界一大豆を食べているのは日本人だろうなぁとしみじみ食卓を見渡すが、これは正しくもあり、誤りでもある。たしかに、ひとりあたりの食用供給量(消費量)は日本が世界一なのだが、総供給量でみると世界一は、人口の差が歴然というべきか、中国である1)

というわけで、中華圏でも大豆を使った食品や料理は多く、それは台湾も例外ではない。豆漿(ドゥジャン)というのは、台湾ではポピュラーな朝食で、街のあちらこちらに豆漿を出すお店がある。これはつまり豆乳。あるいは豆乳が粥状に固まり始めたくらいの、おぼろ豆腐よりもちょっとゆるいくらいの感じのもの。

阜杭豆漿(フーハンドゥジャン)は、この豆漿の名物店。華山市場という商店ビルの二階、フードコートの一角にある。2018年、19年と二年連続で台湾版ミシュランガイドの「ビブグルマン」2)に選ばれている。朝5時半から昼くらいまで開いているが、朝食時には1時間以上ならぶこともザラという超人気店である。朝飯に1時間並ぶってあり得る?とか、そんなに並んでたらそれは昼飯になってしまうやん?とかいろいろと疑問は浮かぶが、何はともあれ行ってみた。

10時前という朝食にはやや遅い時間だったものの、ビルの壁に沿ってすでにズラリと人が並んでいる。観光客ばかりかと思いきや、地元の人たちも多数。テイクアウトで買っていく人も多く、回転が早いせいだろう、列は絶え間なく進み、30分かからないくらいで注文レジまでたどり着いた。レジのおばさんたちは中国語の通じない観光客も扱いなれていて、メニューの指差しと片言の日本語、英語など駆使しつつ、良く言えばてきぱきと、悪く言えば問答無用な感じで客をさばいていく。

鹹豆漿(鹹は塩味の意味)と厚餅夾蛋(中国パンのタマゴサンド)を注文。鹹豆漿は、味の形容が実に難しいが、ほんのりとやさしい塩味に小エビの出汁が効いて豆の旨味を引き出し、小さくちぎって入っている油絛(中国風揚げパン)の油気とコクが一体となってするすると喉を通過していく。厚餅夾蛋はいわば台湾風タマゴサンド。インドのナンのように窯の壁に貼り付けて焼いたパン生地には塩気とネギ風味がついていて、そこに挟まったふるふるとした卵焼きがいいバランス。適度にお腹がいっぱいになりつつ、もたれるという感じはなく、なるほど朝食にちょうどよい加減だった。

1 世界的に見ると大豆のほとんどは油、燃料、あるいは飼料として消費され、人間の食用として消費されるのは10%程度にすぎない。中国は食用だけでなく総消費量でも世界一である。
2 安価でコストパフォーマンスに優れたお店。日本だとおよそ5,000円以下。