Alone (Heart)

ハート(Heart)は、アンとナンシーのウィルソン姉妹を中心としたロックバンド。デビューは意外と早く、1976年に「Dreamboat Annie」というファーストアルバムをリリースしている。アン・ウィルソンの歌唱力のみならず、レッド・ツェッペリンの影響を感じさせる音楽性でも注目されたようだが、日本で知名度を獲得したのは、1985年にリリースされ全米1位となった「Heart」というアルバムから。このアルバムはハードロックブームを背景に、売れっ子プロデューサー、ロン・ネヴィソンを迎えて制作され、売れ線ど真ん中といった曲調と音作りでバンドを一気にスターダムに押し上げた。「These Dreams」をはじめ4曲のヒットシングルがリリースされている。続いて87年にリリースされたアルバム「Bad Animals」もほぼ同じ路線で「Alone」1)はこちらに収録されている。

この2枚のアルバムだけを聴いている限りでは、レッド・ツェッペリンの影響は全く感じないし、曲調もありきたりなロックバラードで新鮮味もない。それでも、アンの圧倒的な声域と声量、ソウルフルな表現力、ナンシーの繊細なようでいて姉に負けないパワーのあるコーラスと効果的なアコースティックギターでがっつりとリスナーの耳と心を掴んだと言えるだろう。

80年代のハードロックバンドで女性ボーカルは珍しかった。当時、僕ら学生バンドが曲を決めるとき最大の頭痛のタネはボーカルで、洋モノハードロックをやろうにも、どれもキーがやたらに高く、あの高さでちゃんと歌える男はほぼ皆無といってよかった。かといって女性ボーカルで、ディープ・パープルとかホワイトスネイクを演っても、どうにも違和感が拭えない。その点、ハートなら収まりが良かったので2)、バンドで何曲かコピーしたことがある。

そんなわけで、僕にとってハートは長らくお手軽・お気楽に聴き流すバンドに過ぎなかったわけだが、20年以上経ってそんな認識を根底からひっくり返されることになった。2012年のケネディセンター名誉賞(The Kennedy Center Honors)にレッド・ツェッペリンが選ばれ、記念のライブパフォーマンスとして、アンとナンシーが「天国への階段(Stairway to Heaven)」をプレイしたのだ。これが鳥肌が立つほどの演奏で3)、アン・ウィルソンのボーカリストとしての真骨頂を見せつけられた。このトリビュートバンドでは、故ジョン・ボーナムの息子、ジェイソン・ボーナムがドラムスをプレイ。ブルース・スプリングスティーンやジョー・コッカーなどとプレイしたことで知られるギタリストのシェイン・フォンティーン4)が、ジミー・ペイジへのリスペクト溢れる、オリジナルに忠実なソロを聴かせてくれる5)。これを機会に初期や最近のハートを聴き直しているが、80年代のヒット作は彼らのほんの一面に過ぎず、泥臭いほどのロックやブルーズのルーツを色濃く持ちつつ、幅広くパッションに溢れた音楽を聴かせてくれる。もっと早く聴いておけばよかったと思う。

1 この曲はハートのオリジナルではなく、カバーである。
2 バックの楽器隊がつまらないという問題は別にあったけれど。
3 ビデオ(こちら、9:50から)で見ると受賞者席で聴いていたロバート・プラントはちょっと涙ぐんでいるように見える。
4 この人、実はピーター・バラカンの弟である。
5 ギターはもちろんサンバーストのレスポールスタンダード。ちょっともたつき加減に聴こえるグルーヴまで完全に再現していて感涙ものである。