サピエンス異変

「サピエンス異変――新たな時代「人新世」の衝撃」
ヴァイバー・クリガン=リード著 鍜原多惠子・水谷 淳訳 飛鳥新社刊

「サピエンス異変」という日本語版タイトルは、おそらく「サピエンス全史」(ユヴァル・ノア・ハラリ 河出書房新社)のヒットに乗っかろうとした姑息なもので、原書のタイトルは「Primate Change: How the world we made is remaking us」という。Primateは「霊長目」という意味で、いわゆる猿人・原人から現代のヒト(ホモ・サピエンス)に連なるヒト族が、800万年以上に渡り、環境に応じてどのように進化してきたのか、また農耕の開始以来の1万数千年で、農業革命、都市化、産業革命、デジタル革命を経て大きく様変わりしてきた環境下で、われわれヒトのからだがに何が(主にどのような不具合が)起きているのかを概観する。

現代人を苦しめるいわゆる「現代病」ーアレルギー、腰痛、心疾患、骨粗鬆症、肥満、糖尿病、自己免疫疾患などーの多くは、ヒトの数百万年の進化と現代生活のミスマッチから来ると結論づけている。ヒトは、数百万年の間、移動と狩猟採集というライフスタイルに合わせて進化してきた。農耕の発達による定住化はたかだかここ1万年のものであり、一日8時間以上もじっと座って「労働」するスタイルは、産業革命以降のわずか200年程度でしかない。今「当たり前」だと思っているライフスタイルは、長い人類史の中ではまばたき程度の長さもなく、進化によって形づくられたヒトの身体に適したものではないのである。「椅子」ですら、一般化したのは、産業革命以降の数百年のことでしかない1)、という指摘に驚く読者も多いだろう。「椅子」は現代生活とヒトの身体のミスマッチの象徴とも言える。一日8時間以上も座っての生活など、ヒトの進化ではまったく想定外だった。近代の学校教育は、産業革命で必要とされるようになった、長時間文句も言わずじっと持ち場で働き続ける人間をつくるために設計された、という記述にははっとさせられる。

本書によれば、身体的ミスマッチをなるべく減らし、不具合を回避・低減する最大の鍵は、「座るな」&「歩け」である。ヒトが進化の中で獲得した運動能力上の特長は足にある。足の親指が他の指と同じ向きに並び、足裏のアーチが発達した。これらを使うことで、体重移動を前方への推進力に変えて長時間歩き(あるいは走り)続けることができるようになった。攻撃力や敏捷性で他の動物に劣るヒトが厳しい環境を生き延びてきたのは、この能力による。このポイントは、「BORN TO RUN」「EAT & RUN」でも指摘されている通りだ。

植物についても面白いポイントに触れている。地球の二酸化炭素濃度は近年上昇を続けているが、二酸化炭素濃度が高くなると、植物は光合成を活発化させる。ところが、二酸化炭素濃度が高くなっても、植物が取り込むミネラルや希少元素の量は変わらないので、植物性の食料2)は、単位重量あたりのカロリーは上がるが、ミネラルなどの栄養価は下がるという。

年齢を重ねても健康で過ごすためには、易きに流れやすいライフスタイルを見直し、あえて身体に負荷をかける時間を意識的に作る必要がある。まずは歩くこと。とりあえず、徒歩30分で行けるところへは、交通機関を使わずに歩く、といったあたりから始めてみたい。

1 椅子そのものは権力の象徴として数千年前から存在はしていた。
2 人類が消費している全カロリーの40%がコメとコムギである。