四万温泉(しまおんせん、と読む)は、群馬県北西部、新潟・長野との県境に近い吾妻郡・中之条町の北の端に位置する温泉である。都内からクルマで行くなら、関越自動車道を進んで渋川伊香保インターで降り、国道17号線から353号線とつないで北上する。渋滞がなければ2時間半から3時間の道のりだ。小さな温泉郷ながら、古い歴史と優れた湯質を誇り、有名な湯宿がいくつかある。積善館は中でも、古い湯治宿の雰囲気を今に残す名宿として人気の宿。季節の変わり目でちょっと疲れがたまってきたところだったので、一泊だけだけれど湯治気分で訪ねてみた。
11月とはいえまだ初旬、都内では昼間は20度前後まで上がるので、ポロシャツ一枚で過ごしているが、四万温泉は標高が700メートルほどで、一足先に本格的な秋を迎えて肌寒いほど。木々の葉は、黄や赤に色づき始めており、ドウダンツツジはすでに燃えるように真っ赤に染まって目を楽しませてくれる。
四万温泉は、一説に、四万もの病気を治すところからその名がついたとされている。細い山道しかないような時代に、最も近い中之条の町からでさえ、歩いて湯治に来るのはたいへんな労がかかったはずだが、それでも300年に渡って連綿と人々に頼られ、利用されてきたのは、この温泉がそれだけ効験あらたかであったということだろう。
積善館は、本館、山荘、佳松亭と大きく3つに分かれている。山荘と佳松亭は、贅沢な作りの高級湯宿、本館は質実剛健な昔ながらの湯治宿のつくりだ。今回泊まったのは、本館。赤い欄干の小さな橋を渡って正面に佇む木造の建物が本館1)で、元禄4年に建てられた日本最古の木造湯宿建築だそうだ。
この宿で最も有名な風呂が「元禄の湯」。昭和5年に建てられた大正ロマネスク建築で、当時としては贅沢でハイカラな洋風のホール風のつくり。5つの石造りの湯槽がならぶ写真を雑誌などで見たことのある人も多いのではないか2)。それぞれの湯槽は、排水口とは別に、底の真ん中に穴が空いていて、そこから源泉が常に湧き出ている。壁際には、大人の腰ほどの高さの小さな戸のついた「蒸し風呂部屋」が2つある。おとな一人がやっと入れるくらいの小さな室で、戸を閉めると源泉からの蒸気が充満し、文字通りの蒸し風呂になる。基本的に洗い場はなく(一箇所だけシャワー蛇口がある)、写真の手前(撮影者が立っていると思われるところ)に簡単な脱衣場があるだけ。風呂の扉を開けたとたんに、写真と同じ光景が目に飛び込んでくる。
湯質は「ナトリウム・カルシウムー塩化物硫酸塩泉」3)で、リウマチ、運動障害、創傷に効く。入口横に飲泉用の湧き出し口もあって、飲むことで消化器疾患、便秘、じんましん、肥満症に効くらしい。わずかにとろみのある優しいお湯で、温度も40度から41度くらいの熱からずぬるからず。ゆっくりと浸かって体を温めることができる4)。宿泊しなくても、11時から16時までは、立ち寄り湯としても利用できるようになっているので、週末のこの時間帯は多少混むこともあるそうだが、宿泊者の時間帯では、それほど混むこともなく、ゆったりと時間を過ごすことができるだろう。
↑1 | 本館の駐車場へは、クルマで入るのを躊躇するような、温泉街の細い道を奥へと進み、赤い欄干の橋をクルマで渡り、玄関の前で荷物を下ろしてから、更に建物の間をすり抜けるようにして駐車場に入る。 |
↑2 | 風呂は撮影が禁止なので、ここに掲載していある写真は積善館ウェブサイトのフォトギャラリーのもの。 |
↑3 | この泉質は「箱根高原ホテル」と同じ。 |
↑4 | ほかに、「岩風呂」、「山荘の湯」、佳松亭にある「杜の湯」と、計4つのお風呂を楽しめる。「元禄の湯」のすぐ下の川原に源泉があるため、ほかに比べて「元禄の湯」の温度がやや高いようだ。高いと言っても40~41度くらい。熱い湯が好きな人には物足りないかもしれないが、ゆっくり浸かるにはこれくらいが丁度良い。 |