世の中には、これを最初に食べようと思ったヒトって何を考えてたのかね、っていう食べ物がいくつかある。ちょっと思いつくところでは、ウニ、ホヤ、アーティチョーク、キウイなどなど。このあたりは、形状がとても食べ物には見えない。ドリアンと銀杏は、そのニオイからして食べ物と認識するのは難しかっただろう。
そう、銀杏。この季節、おもに寺社の境内や公園にあるイチョウの木立のあたりから、あの「芳しい」ニオイが漂ってくる。家の近くの神社にも、立派なイチョウがたくさんあって、その大半がいわゆる「雌」株らしく、秋が深まると、境内に続く階段やその周辺の道路に、黄色く熟した果実(というか種子)がこれでもか、というくらいに落ちる。その実りたるや、イチョウが意図的に嫌がらせをしているのではないかと疑うほどに豊かで、神社の人も掃除してくれてはいるものの、とても追いつくレベルではない。
秋の澄み切った青空を眺めながら、きりっと冷えた空気を深呼吸しようとした刹那、あのニオイが漂ってくると、途端に、終電間近の新宿駅の階段の隅やトイレ付近のイメージが呼び覚まされ、どこだどこだと足元や周囲をキョロキョロと見回すハメになる。長い進化の年月から言えば、イチョウのほうがはるかに先輩ではあろうけれど、上から下からを問わずニンゲンの排泄したものと似たニオイの種子というのは、どういう偶然なのか。
銀杏は、あのクサイ部分(外種皮)の中にある硬い殻の、さらにその中を食べる。まぁ、そこまでして食べようとした先人がいたからこそ、秋の味覚として今我々が楽しんでいるわけだが、彼ら先人は大変なご苦労をされたことであろう。鼻をつまんで外種皮を突破したとしても、実は可食部にも厄介な毒があるのだ。ビタミンB6に似た物質を含んでいて、それがビタミンB6本来の働きを阻害するらしい。とくに子供は影響を受けやすく、だからこそ、昔から「年齢の数だけ」食べて良い、と言ったわけだ。僕などは小さい頃、茶碗蒸しに入っている銀杏が嫌いで、避けて食べていたくらいだから、銀杏を好んで食べる子供なんていないだろうと思っていたら、さにあらず。東京都福祉保健局のページによれば、「ギンナンを約7時間でおよそ50個食べ3時間後に全身性けいれんを起こした1歳の男児、50~60個食べ7時間後におう吐、下痢、9時間後に全身性けいれんを起こした2歳の女児」の例が報告されていて、かなり驚いている。