4、5年前のロンドン出張のときのこと。夕方早めの時間に仕事がすべて終わり、大英博物館近くのホテルの部屋に戻ってきた。出張の最終日ということもあって、もう社内外の人と会う約束もなく、ひさしぶりに一人でのんびりできる時間ができた。さて、今夜は何を食べようかな、と思案する。
アメリカも含めた西欧圏への出張で悩ましいのは、ちょっといいものを食べよう、いいレストランに行こう、と思っても、一人で行くのは事実上困難ということである1)。ディナーという「社交」の場は、基本は二人連れかそれ以上の人数、というのがお約束。テーブルクロスのかかっているようないいお店で、男一人で食事をしている姿なんてまず見ない。そのため、いきおい、一人の食事は、ホテル内のレストランとかルームサービス、あるいはデリとかそのへんのテイクアウト系のお店でピザなんかを買ってくることになり、部屋でひとりPCの画面を眺めながらもそもそ食べるという、傍から見ると、寂しき中年男みたいなことになる。
ホテルのルームサービスはもう散々食べたし、その晩はまだ時間が早いこともあって、外に出たかった。和食なら一人でも別段おかしくないだろう、ということで、日本食系統のお店をつらつらと検索していたところ、歩いてほんの数分というところにお好み焼き屋がある。おおこれはよさそうじゃないの、と喜んで早速出かけてみた。
お店はすぐにわかった。小さな入口の脇に赤いちょうちんがかかっている。ディナータイムに店を開けたばかりだったようだ。応対に出てきてくれたうら若い可愛らしい女性に、予約ないんだけど入れるかな、と聞いてみると、ちょっと困ったような顔でお待ち下さい、と一旦奥に引っ込んだ。戻ってくると、今から1時間だけでよければ、と言う。聞けば、バレンタインの予約でいっぱいだそうな。そうか、今日は2月14日、バレンタインデーだったか。
もちろん1時間もあれば十分なので、ビールを頼み、お好み焼きを頼んだ。お好み焼きはなんと麺の入った広島風のちゃんとしたもののようで、広島でお好み焼き屋をやっていた人がお店のオーナーらしい。応対してくれた女性は、英語のアクセントからすると地元の大学生という感じで、いま日本語を勉強中だそうだ。
ビールが一本空いたくらいのタイミングで、熱々のお好み焼きが運ばれてきた。ソースとかつお節のいい香りが鼻孔をくすぐる。和食が恋しくなりかけていたタイミングだったのもあって、なんとも美味しそうだ。件の女の子が「マヨネーズかけますか?」と聞いた。もちろん「お願いします」と答える。すると、彼女はにっこり笑って、白いマヨネーズのチューブを絞った。
ハートマーク♡
秋葉原のメイド喫茶かなんかの情報が、間違ってはるばるロンドンまで伝わってるんじゃなければいいな、と思いつつも、どこかほっこりと心温まるバレンタイン・ディナーだった。
↑1 | 日本でもフレンチやイタリアンの高級店にオトコ一人でいくということはないけれども、寿司屋とか蕎麦屋なら一人でも問題ないと思う。 |