「わたしの土地から大地へ」 セバスチャン・サルガド、イザベル・フランク著 中野勉訳 (河出書房新社)
サルガドの写真展「Workers」1)を見たときに受けたショックはいまだに忘れられない。露天掘りの金鉱で全身泥にまみれアリのように土塊を担いで斜面を運び上げる無数の労働者、湾岸戦争で破壊されコントロールを失って燃え盛る油田のバルブを閉じようとする特殊作業員、鉄工所の溶鉱炉のすぐそばで作業する人々、炎天下サトウキビを手作業で刈り入れる農場労働者。想像を絶する厳しい環境で肉体労働に従事する人々を切り取った写真でありながら、画面の隅々まで美しく、気高く、荘厳で、人間という存在そのものの有り様がそこに映し出されている。モノクローム(白黒写真)による写真表現のひとつの完成形と言えるのかもしれない。
中南米、アフリカを主なフィールドとし、5年からときには10年以上に渡る「プロジェクト」としてテーマを追いかけるスタイルで撮影を行う。これまでに、「Workers」のほかに、難民・移民をテーマにした「Exodus」、サハラ砂漠以南の旱魃を扱った「Sahel」、原始の自然の美しさを捉えようとする「Genesis」などのプロジェクトがある。
経済学の博士号を持ち、国際コーヒー機構でエコノミストとして働いた経験があり、フォトジャーナリズムをその基礎としているだけに、撮影対象には温かくも冷徹な眼差しが注がれており、感情や情緒に過度に流されることがない。いわゆる先進国で暮らす我々が通常目にすることのない極限といっていい風景・光景を切り取りつつ、その絵の特異さ・強烈さに頼ることなく一幅の絵として芸術表現の高みに昇華されている。
本書はサルガドの自伝であり、子供の頃の思い出、写真家への転身、どのようにテーマを選び、どう撮影するかといった過程、そして故郷の農園とその周辺の自然を再生するプロジェクトなどが、率直なトーンで語られている。常に母国ブラジルの多様性と子供の頃身の回りにふんだんにあった自然の美しさを基準点としながら、撮影対象に敬意を払い、真摯に向き合う姿勢に感銘を受けるだろう。
ヴィム・ヴェンダースとサルガドの長男、ジュリアーノ・リベイロ・サルガドが監督したドキュメンタリー「セバスチャン・サルガド 地球へのラブレター」2)は、サルガドのこれまでの半生を縦糸に、「Genesis」プロジェクト3)と故郷の農場再生を横糸にまとめたもので、サルガドが実際にどのように撮影しているのかが垣間見えてとても興味深い。