欧風カレー

カレー。インド発祥のアイデンティティを失うことなく、日本の食文化に完全に根をおろし、もう国民食のひとつと言ってよい地位を確立している。辛さの程度はさておき、男子でカレーが嫌いだという人物には、いままで出会ったことがない。子供の頃、給食がカレーだとお昼が待ちきれず、いざお昼となれば、熾烈なおかわり争奪戦が繰り広げられた。西城秀樹の「ハウスバーモントカレー」CMのメロディは脳の奥深くに刻み込まれていて、もはや消去不可能である1)。レトルトのお手軽バージョン、家庭用カレールー、ファーストフードから高級レストランまでありとあらゆるレベルに浸透している。

これほどに愛される食べ物であるから、当然いろいろなバラエティがある。家庭料理としてのカレーはもちろん、本場インドの製法は北から南まで、パキスタンやネパールなどインド周辺国のもの、タイ・カレーといった東南アジアテイスト、ダシの効いた蕎麦屋のカレー、カレー南蛮にカレーうどん、種々のご当地カレーなどなど。

その中でも、就職してから初めて食べたものに「欧風カレー」がある。スパイスの辛さというよりは、豊かなコクと玉ねぎの甘み、どろりと濃いソース。最初はそのネーミングから、インドからイギリスやフランスに伝わってヨーロッパ風に変化したカレーなのかと思っていたが、実際にはイギリスにもフランスにもこういうカレーはない2)。フランス料理で使われる「ブラウンソース」をベースにしたカレーで、神保町の「ボンディ」初代店主・村田紘一氏が創始・名付け親だそうだ。

僕がよく行くお店をあげるなら、

ボンディ神保町本店。欧風カレー本家、神田古書センタービルの2階。靖国通り側から入る場合は、こんなところ通っていいのかと思うような、古書センターの中の書棚の隙間をうねうねと通りぬける。神保町は有名カレー店が多く、出版社勤めの人はたいてい、自分のレパートリーを持っているけれど、ボンディは誰にとっても「必須科目」ナンバーワンだと思われる。

ガヴィアル。ボンディからは歩いて5分の神保町交差点そば「ははなまるうどん」の上。ボンディより席の配置が広めなので、ゆったり食べたいときにはこちらがよい。同じ辛さを指定しても、ボンディよりわずかに辛さが控えめのような気がする。

プティフ・ア・ラ・カンパーニュ。地下鉄半蔵門駅そばの一番町交差点から麹町方向に1、2分。僕が「欧風カレー」に出会ったのがここ。この店からすぐのところに、新卒で入社した会社があった。入社間もない頃に、先輩に連れてきてもらったのだが、こんな美味しいカレーがあるのだなぁと感激したものだ。場所柄のせいか、上記2店よりもう一段、洗練された感じがする。

ボンディ以外の二店もボンディの流れを汲むお店なので、味わいの方向性、小さなジャガイモとバターが別についてくるところ、メニューの構成、お店の作りなどは、だいたい同じ。慣れてくると、その日の気分でそれぞれの個性を選んで食べに行きたくなると思う。

1 ボケて親戚兄弟の顔が見分けられなくなったとしても、このCMソングは歌えるのではないか。
2 ロンドンで何度もカレーを食べたけれど、どれも正統インドカレーばかりで、ロンドン風あるいはヨーロッパ風といったものは見たことがない。