「アグルーカの行方 – 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極」角幡唯介 著 (集英社)
1845年から48年にかけて、英国のジョン・フランクリン率いる129人の探検隊が、英国からグリーンランドを抜け、カナダの北極圏を探査する旅に出た。そのミッションはヨーロッパから北回りにベーリング海峡を経て太平洋に抜ける航路(北西航路)を発見することであったが、航路の発見は果たせず、129人全員が死亡したとされる。
「アグルーカ」とはイヌイットの言葉で「大股で歩く男」の意味。フランクリン死亡後に隊を率いて北極圏からの脱出を図ったフランシス・クロージャーはイヌイットから「アグルーカ」と呼ばれていた。口承されてきた目撃談によれば、彼と二人の従者は最後まで生き残り、母国に帰るべくツンドラと湿地の不毛地帯を抜け、ハドソン湾交易所まで南下しようとしていたという。
本書は、著者の角幡唯介が荻田泰永1)とともに、カナダ北極圏のレゾリュート湾からツンドラ地帯にあるベイカー湖まで、フランクリン隊の足跡をたどるように3ヶ月以上にわたり1600キロもの徒歩行をした記録である。旅の前半は、フランクリン隊の船が氷に囲まれて動けなくなり、多くの隊員が死亡したキングウィリアム島まで、後半は、フランシス・クロージャーが辿った可能性の高いルートを探しながらツンドラ・湿地地帯をベイカー湖までという構成になっている。
フランクリン隊の遭難を扱った記録を古くから丹念に当たった上で旅のルート取りがされていて、零下30度から40度にも下がる酷寒の厳しい環境を旅する著者ら自身の体験から、160年前のフランクリン隊の苦難を見事に浮かび上がらせている。とはいえ、旅はフランクリン隊全滅の謎2)を解明しようとするものではなく、同じルートを旅することで、フランクリン隊と最後まで残されたフランシス・クロージャーが、現場で何を思い感じたのか、またなぜそこに挑もうとしたのかを追体験することに重きが置かれている。寒さや行く手を阻む氷との闘い、白熊や野生動物、疲労と飢餓感など現場に身を運んだ者だけが描きうるリアリティが読む者を強く惹きつける。
一方で、地図とGPSを使う旅が、地図もなく先が読めない状態で彷徨ったフランクリン隊に比べて、「冒険」を本質的に異なるものにしてしまうこと、また、他人の冒険行をトレースしようとする旅がどうしても予定調和的なトーンをはらんでしまうことに対し、著者は否定的な立場をとる。「前人未到」で先が読めないヒリヒリした感触こそが、人が「生きる」意味を実感するための冒険には欠かせないという認識が、著者の次の冒険となった「極夜行」に繋がることになる。
2013年第35回講談社ノンフィクション賞受賞作。