鯉のあらい

中学校3年のときに、関西から茨城県の古河1)という町に引っ越した。県の西の端っこにぽつんと飛び出したように位置する。埼玉、栃木、群馬、茨城の4県が接するところで、自転車にまたがれば10分以内に4県をまたぐことができる。利根川と渡良瀬川が合流する「渡良瀬遊水地」に隣接している。江戸時代には有力譜代の古河藩が置かれた歴史ある町である。

この町には鰻屋が多かった。それまで住んでいた大阪郊外の新興住宅地にくらべれば「すごく」と言っていいほど多かった2)。引っ越した当初、関西と関東の食文化の違いに戸惑った少年は、「何でこんなに鰻ばっかり食うとんねん」と大阪弁でつぶやいたくらいだ。

この数多くの鰻屋がみな、ウナギだけでなく、コイやフナ、ドジョウやナマズといった川魚の料理も出すのだ。古くから、日光街道3)の宿場としても栄えたせいか、何代かに渡って営業している由緒ある割烹や料亭もあって、そういう店でも出す。それもそのはず、古河の名物は鮒の甘露煮で、贈答品としてよく使われている。利根川・渡良瀬川がそばにあるので、そこでとれた魚を古くから食べてきたのだろう。

川魚は、海の魚に比べて、どうしても泥臭さがあるので、臭み消しを兼ねて、味噌や醤油で甘辛く煮て食べることが多い。鯉こくや鮒の甘露煮が典型だ。鰻は別として、そういった川魚料理は、子供には決して美味しいものではなかった。食べ慣れていなかったせいもあるだろうが、茶色くて、しょっぱくて、ドロっぽかった4)

そんな中、鯉の洗いだけは別で、赤みがかったお造りのようなコイの身は美味しかった。最近までどうやって作るのか知らなかったのだが、刺し身のように薄くおろしたコイを、80度くらいの熱湯にくぐらせたあと、氷水でキュッと締めるらしい。それを酢味噌やからし味噌で食べる。コイは新鮮なものに限る。かと言って、そのへんで釣ってきたものでは、泥臭くて5)食べられたものではなく、店で出すのは養殖されたマゴイだそうだ。

最近、鮒の甘露煮をもらったので、久しぶりにちょこっと箸をつけてみたところ、あら、意外と美味しいではないか。たぶん歳をとって味覚が変わったからだろうけれど、日本酒のお供によい。別エントリーに書いたけれど、こうしておっさんは年とともに若い頃には食べなかったようなものが、どんどん美味しくなっていくのである。

1 「こが」と読む。「ふるかわ」ではない。
2 この図でもわかるが、鰻屋は福島以南の関東と九州に多い。
3 現在の国道4号線
4 同じ川魚の甘露煮でも、鮎の甘露煮となると実に上品で美味しい。鮎は清流で石についた苔を食べているせいだろうか。
5 コイヤフナは泥ごと吸い込んでエサをとるからだろう。