コーヒーの科学

コーヒーの科学 「おいしさ」はどこで生まれるのか
旦部幸博 著 講談社(ブルーバックス)

ここ10年ほどコーヒーを以前より飲むようになった。美味しいと評判のお店を訪ねてみたり、自分でいろいろ豆を買ってきて試したりしている。喫茶店もコーヒー豆もいろいろ。酒、葉巻といった嗜好品と同様、奥の深い世界が垣間見える。

著者は、コーヒーに関する老舗ブログ「百珈苑」を開設しているが、本職は基礎医学の研究者である。さすが理科系のプロフェッショナル研究者だけあって、本書もコーヒーにまつわる多くの「なぜ」に、科学的、理論的なアプローチで迫る。数多くの先行研究をベースに、現時点でわかっている事実やさらなる研究が待たれる点など網羅的にカバーされており、僕のように理屈で理解したいタイプにはとても参考になる。

やはりそうかと納得したのは、日本のコーヒー文化、あるいはコーヒー技術は、欧米とは若干異なる独自の発展をしつつ、世界をリードしうる高水準にあるということだろう。

日本のコーヒー本のほとんどでは、ドリップ式を抽出の章の最初で解説しており、「最初に少量のお湯で蒸らして」とか「お湯を細くして」「のの字を描くように注ぐ」などうまく 淹れるコツもいろいろ紹介されています。ただ、こうしたまるで「お作法」のような、お湯の注ぎ方へのこだわりは日本特有のようです。台湾、中国、韓国には日本のスタイルが伝わっていますが、欧米では割と無頓着で、どばっと一度に注ぐことも少なくありません。
(中略)
日本と欧米、どちらのドリップ観が正しいかで争うつもりはありませんが、少なくとも湯の注ぎ方が味に大きく影響することは事実です。お湯を一度に注ぐときと、3~4回に分けて注ぐとき、点滴のように一滴一滴注ぐときでは、それぞれ同じコーヒーとは思えないほど味が変わります。お湯の流れが速すぎると理論段数が小さく(=成分の分離が悪く)なるか、お湯を継ぎ足す速さと濾過速度との兼ね合いで、出る量に比べて注ぐ量が多くなると、内部にお湯が貯留して理論段数が小さくなる……(第7章 コーヒーの抽出)

アメリカの「サードウェーブコーヒー」の代表格、ブルーボトルコーヒーは、日本の喫茶店文化に影響を受けたと創始者ジェームズ・フリーマン自らが語っている1)。ブルックリンのお店を数年前に訪ねたことがあるが、一杯ずつ人がペーパーフィルターで淹れるスタイルは同じだけれど、湯の注ぎ方はまさに「割と無頓着で、どばっと一度に注ぐ」感じで面白かった。日本のスタイルが、お湯を細く丁寧に注ぐ「茶道的」で繊細なスタイルなのに対して、ブルーボトルはいくつも並べたポットに同時にざーっ速く湯を注ぐスタイル。アメリカのコーヒーは、日本に比べて苦味を嫌った浅煎りが多いので、この淹れ方が理に適っていることは、本書を読んだ今はわかるが2)、現地での第一印象は「ナンジャコレハ?」だった。どちらかといえば深煎り好きなので、日本のブルーボトルは行ったことがないんだけど、今度淹れ方を見に行こうと思う。

1 日経トレンディ参考記事
2 逆に、日本では中深煎り、深煎りが多いので、お湯をフィルターの中であまり貯留させないスタイルが多い。