大学1年のときに組んでいたバンドでライブ用の曲を決めているとき、ベーシストがぼそりと言った。「『Still Loving You』やろうよ。俺、別れた彼女ライブに呼びたいんだけど…」
いや~、どうなん、それ。あまりにベタなんとちゃう?と出かかった言葉を何とか飲み込み、何食わぬ顔で「あ、別にいいけど歌える奴いるかなぁ?」と答えた記憶がある。
スコーピオンズの84年発表のアルバム「禁断の刺青」(原題 Love at First Sting)1)の最後に収録されているバラードである。ルドルフ・シェンカー(リズムギター&作曲)とクラウス・マイネ(ボーカル)を中心として、おそらくアメリカ市場で大成功した唯一のジャーマン・メタルバンドだろう。ただ、僕の周りには、ルドルフの弟のバンド、マイケル・シェンカー・グループ(MSG)とセットで認知していたやつが多かったように思う。二人とも白黒に塗り分けたGibsonのフライングVを愛器としていたが、弟マイケルが技術的に難度の高いソロを繰り出すギターヒーローで日本では「神」と崇められていたのに対し、兄ルドルフはカッティングとリフに時折鋭さを見せるものの、ギタープレイより曲作りにその才能を発揮していた2)。
その一方で、MSGがことごとくボーカリストに恵まれなかった3)のに比べ、クラウス・マイネのどこまでも伸びるハイトーンボーカル4)は圧巻で、男子大学生ではまるで歯が立たないのであった。当時のアマチュアバンドの曲決めは、a. ギタリストがコピーできる5) b. 男子ボーカルが歌える6)、の a x b で決まったが、スコーピオンズでbを満たすのは甚だ難しかった。結果として、MSGの曲はライブをやれば必ずどこかのバンドがプレイしていたが、スコーピオンズをコピーするバンドはほとんど見なかったように思う。
Still Loving Youは、多少甘ったるくてベタではあるけれど、今聞いても美しいバラードだ。でもやはりbを満たすボーカリストはおらず、結局当時の僕もやはりプレイしなかった。その後、ベーシストが別れた彼女とよりを戻したという話は聞いていない。
↑1 | もちろん「一目惚れ」の意味の Love at first sight とサソリが刺す sting を掛けたタイトル。日本語タイトルの「禁断の刺青」ってなんだよ。まぁ、アルバムカバーのイメージにひっかけたんだろうけれど、それにしてもヒドい。 |
↑2 | リードギタリストのマティアス・ヤプスはけっこう上手いのに、何故か全くギターヒーロー扱いされない。このあたりの扱いがBon Joviのリッチー・サンボラに似てる。 |
↑3 | 有名どころはグラハム・ボネットくらいだが、バンドの歴史を通じてろくなボーカルがひとりもいないというのは珍しい。 |
↑4 | HR/HMボーカリストによくあるように裏声を表みたいにパワーをかけて発声するのではなく、ナチュラルに高音まで伸びるような声。歳を取って多少高域が落ちた感はあるが、もうすぐ70歳にならんとする今も健在である。 |
↑5 | 完コピを目指す心意気くらいは必要…たとえできなくても。 |
↑6 | 女子が歌うのは不可だった。 |